MOVIE 私の好きな、あの映画。
ミュージシャン・尾崎世界観さんが語る、ジム・ジャームッシュが教えてくれたこと。「会話のテンポと間合い、その豊かさ」。December 23, 2024
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居心地の悪い沈黙さえ愛おしい、とりとめのないやりとり。
尾崎世界観さんがジム・ジャームッシュの作品に初めて触れたのは、高校生時代の大晦日のこと。本当なら友達と一緒に過ごすはずだったのに、自室でひとり。いつもなら寝ている夜中の、浮いた時間。『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、そんな持て余した時間を消費するため、たまたま借りてきたビデオの一本だった。なのに、こんなにも心に残ることになるとは。
「いろんな国で、いろんな季節に、いろんな立場の、知らない人同士が、タクシーの中でいっとき、言葉を交わす。なんだかそれに、すごく惹きつけられたんです。そのときの自分の気分にぴったり合っていて嬉しくなりました」
のちに尾崎さんは、同作の台詞(“hype!”)を自身のバンド名に採用し、2021年には同名の曲「ナイトオンザプラネット」も発表。さらには、その曲をもとにした映画(松居大悟監督『ちょっと思い出しただけ』)が製作され、出演もしている。尾崎さんにとってそれほどに重要なこの映画はしかし、あの20年以上も前の大晦日以来、観ていないのだという。
「初めて観たときの感触が崩れるのが怖いんです。自分の精神状態や体調、誰と、どこで観たか。映画体験って、そのときの環境も大きく絡んでいますよね。それを、丸ごと真空パックして大切に取っておきたいから。ジャームッシュの映画は、特にそういう気分にさせられます」
『ナイト・オン・ザ・プラネット』を筆頭に、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』も『コーヒー&シガレッツ』も、唸らされるのは登場人物たちの会話のテンポと間合いだ。
「どこかとぼけていて、時にずれていて、たまに気まずい。わかり合えているのかどうかも曖昧な、微妙な距離感。楽しく喋っているように見えて、内心、思っていることがお互いあるのかな、なんて。やりとりのテンポと間合いから、そんなことを感じたりします。会話というのはなるべく弾むほうがいいんだろうし、間があくのを恐れるもの。でもジャームッシュ作品は、居心地の悪い沈黙まできちんと収めているんですよね。それが愛おしい」
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の主人公と異国からやってきた従妹との、特にはじめのほうの噛み合わないやりとりなどは身につまされるというが、「でも、べつにそれでいいし、俯瞰してみれば、最終的にはどうにかなりそうだなって。ジャームッシュの映画を観ているうちに、そう思えるようになりました」。
実は大したことを言っていないのかもしれない。逆に案外大事なことを口にしているのかもしれない。スクリーンに映る会話から、観客は勝手に深読みしたり、はぐらかされたり、肩透かしを食らったりする。わかりやすい説明を提示してはくれないから「そこから何を嗅ぎ取るかは鑑賞者にかかってくる」と尾崎さん。
「それこそ『コーヒー&シガレッツ』なんて、会話だけで構成されている作品だから、ただ喋ってるだけじゃん、特に何も起こらないじゃん、そんな感想になることもあり得るでしょう。でもその実、ジャームッシュは、とりとめのない会話を、人生におけるとても豊かなものとして見せてくれているのだと感じます」
1から100まですべてを伝えきるのではなく、あるところからその先は、受け取った人が感じてくれなければ成立しない。
「それはつまり、作り手と受け手の信頼関係ともいえる。自分もそんな会話をしたいし、そんな作品が作れたらなと思います」
尾崎世界観 Sekaikan Ozakiミュージシャン
2012年にメジャーデビューしたロックバンド、クリープハイプのボーカル、ギター。執筆活動も行い、小説『母影』『転の声』は芥川賞候補作に選出。ニューアルバムは『こんなところに居たのかやっと見つけたよ』。
photo : Everett Collection / AFLO text : Mick Nomura(photopicnic)