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書家、水墨作家 三島真智子さんが語る今月の映画。『マザーウォーター』【極私的・偏愛映画論 vol.99】February 25, 2024

This Month Theme京都が舞台になっている。

京都で、軽やかに生きていく。

Mother water(ウィスキーづくりの最初の工程で加える水、日本酒づくりでの仕込み水)。タイトルを聞いた時、単純に『母の水』と思っていたが、そんな意味もある。ウイスキーしかおいてないBARを営むセツコ(小林聡美)、豆腐店を営むハツミ(市川実日子)、疏水沿いでカフェを営むタカコ(小泉今日子)。それぞれが1人で気ままに店をやっている。赤ちゃんのいる銭湯に現れる謎の女、マコト(もたいまさこ)。家具屋のやまのは(加瀬亮)など、彼らの住む街のある初春の話。

独特のテンポで物語は流れる。京都に流れついてきた人達の日々の暮らしを淡々と眺める。どこからきたのか、どこへいくのか。一人一人のこれまでの人生や説明的でない会話の内容に疑問は膨らむけれど、川や疏水のそばで水を大切にする仕事を営み、風通しの良い生き方を選んだ3人の女性の自由で丁寧な生活が心地よい。台詞は少なく、それだけに印象に残る。舞台が京都だと言うことは時折現れる地元の人の京都弁でわかる程度で、特に京都らしい表現はない。だが、京都の人間なら景色を見ればすぐにわかるはず。 屋外で食事をするシーンや水辺を歩くシーンが多いので見ていると散歩に出たくなる。ロケ地の店は市内の北の方を中心に点在していて、どこも地元の人しか通らないような所にある。

冒頭にも出てくる川は鴨川で京都の街の中心を流れている。川の土手や、周りの建物は時が経ってもあまり変わっていないので、私が幼い頃から見ている景色そのままだと思う。今観ても時代をあまり感じないのは変わらない景色と素敵なキャストだからかな。

京都にふらりと来たくなったら、観光地も楽しいけれど、この映画のロケ地巡りも兼ねて鴨川を歩いてみてはどうだろう。時季的には春がおすすめだが、桜が満開の頃になると人が多すぎるので、三分咲きくらいの頃が気持ち良いかもしれない。まず鴨川の上流の「上賀茂神社」まで行く。食いしん坊的なおすすめでいうと「今井食堂」の鯖弁当や、「神馬堂」のやきもちを買って鴨川のベンチで食べたりしながら、川沿いの土手を下るコースがいい。 その土手をしばらく南下すると、“みんなが寝てしまう椅子”があるあたりを通る。実際にはベンチはあるが木の椅子はない。そのままずっと南下して北大路橋の西の方にセツコのバーやハツミの豆腐屋がある。その橋も越えて下っていくと高野川と合流する中洲に出る。叡電の出町柳駅のあたりだ。そこに、ハツミが佇んで川上を眺めるシーンの飛び石がある(この飛び石の中に亀の形の石があるので亀石と呼ばれている)。この亀石のところで、ハツミは高野川の源流である八瀬大原の方を向いて立っている(高野川を北上すればマコトの住む集合住宅やタカコのカフェ、やまのはの家具店がある)。ハツミのように川の真ん中の亀石の上でしばらく水の流れを感じて欲しい。私は時々散歩の途中に、この亀石の真ん中に立って、同じように川の流れを眺める。なぜか、時が止まったような感覚。そこからどこにでも行けるような不思議な気分になる。

その中洲のある三角地帯には糺の森(ただすのもり)があり、その中に「下鴨神社」がある。出発地点の「上賀茂神社」の母親神様のお社だ。神社を参拝しても良し、高野川を北上するのも良し、路上に出て街を散策するも良し、そのまま南下を続けると四条大橋の方へ向かい繁華街に出られる。 近くの「出町ふたば」の豆餅か「岡田商会」の揚げたてコロッケを買って中洲で一休みするのもいい。 ぼんやりとその日の流れに身を任せてみてはどうだろうか。

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全ては源流から流れてきていて、誰も抗うことはできない。ならばうまく流されて生きる。余計なことはせず、今を素敵に暮らす。穏やかに力強い女性達。自由に生きる人々の、ある初春の話。 2010年公開の京都が舞台の映画。『かもめ食堂』『メガネ』などのプロジェクトによる作品。
Title
『マザーウォーター』
Director
松本佳奈
Screenwriter
白木朋子
たかのいちこ
Year
2010年
Running Time
105分

illustration : Yu Nagaba movie select & text:Machiko Mishima edit:Seika Yajima


書家、水墨作家 三島真智子

京都在住の書家、水墨作家。京都芸術大学美術科日本画コース(水墨アトリエコース)卒業。2006年より「六角蓮」として書画作品の創作をはじめ、「墨と筆の教室」を開催。

rokkakuren.com

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