メアリー・ヘイルマン文/河内 タカThis Month Artist: Mary Hailmann / November 10, 2017

MaryHailman
Mary Hailmann
1940- / USA
No. 048

1940年にサンフランシスコに生まれる。カリフォルニア大学サンタバーバラ校から学士号(1962年)、カリフォルニア大学バークレー校から修士号を取得。1968年にニューヨークへ移住た当時は主に陶芸や彫刻作品を制作していたが、ジョセフ・アルバースの色彩学やポップカルチャーに影響を受け、次第に色彩に満ちた幾何学絵画を描くようになる。自身の故郷でもある西海岸の文化や音楽はへイルマンの作品に強い影響を与えており、これは現在までのほとんどすべての作品に見られる。最近では自身がデザインした椅子やベンチをインスタレーションとして取り入れたりして視覚的な可能性を広げている。

ストーリーのあるポップな抽象画を描く
西海岸出身の画家 メアリー・ヘイルマン

今回はメアリー・ヘイルマンというアーティストを紹介したいと思います。彼女の作品はニューヨークの「303 Gallery(スリーオースリー・ギャラリー)」というところで定期的に見ることができたのですが、303というところはダグ・エイケンやカレン・キリムニック、またはトーマス・デマンドとか、90年代以降のアートシーンを牽引していったアーティストたちを早くから見せてきたというかなり先見性のあるギャラリーとして知られています。ぼくも303がまだソーホーのビルの2階にあった頃から通っていたギャラリーのひとつで、303の敏腕オーナーであるリサ・スペルマンはリチャード・プリンスの奥さんだった人でもあります。
 
ヘイルマンの抽象画は、303の アーティストたちの中でもどこかほのぼのというか独特のポップさや緩さがあり、ものすごく革新的があるとかセンセーショナルとかという類の絵画ではなかったため、ときに「303みたいなところがよくこのアーティストをレップしてるな」なんて声さえも聞かれたこともあって、当時のアート界において彼女の立ち位置もちょっとつかみどころのなさがあった記憶があります。

加えて、彼女のスタイルは80年代の頃から今日までほぼ同じような作風で、例えばゆるいカラフルなストライプだけだったり、変形キャンバスにサイズの異なる四角形を散りばめたり、複数の異形キャンバスを組み合わせたりといった具合でした。そこにはナチュラルさやユーモアが感じられ、色のセンスも北欧産のファブリックのような明るくデザイン性に満ちた感覚が流れていました。

1940年にサンフランシスコに生まれたヘイルマンは西海岸で二つの大学で陶芸や美術を学び、卒業後すぐにニューヨークへと向かって以来、77歳になった今にいたるまでずっとニューヨークをベースにして制作を続けています。この画家のアート界でのポジションはどこにあるのか考えてみたのですが、ぼくの中ではエリスワース・ケリーとかアグネス・マーティンに続く第二世代というのがおそらく一番フィット感があって、「私の抽象絵画には必ずその背景となる物語があるのです」と本人も語っていることを踏まえれば、作品の成り立ちが建物の影や葉っぱの造形などから独特の幾何学絵画を生み出したケリーに、そして絵から感じられるポエティックさという意味ではマーティンに近いものがあると思っています。

近年は、平面だけではなくトレードマークの抽象的なパターンを使った椅子も手がけ、展覧会や作品にザ・ビーチボーイズのヒット曲である『Good Vibrations』や、ボブ・ディランの名アルバムである『Blood on the Tracks(血の轍)』なるタイトルを付けたりと、彼女の中で脈々と息づくカルフォルニアのスピリットやポピュラーミュージックからの影響を感じさせる展示を行ったりしています。しかも、ここにきて創作意欲がますます旺盛であるばかりか表現の枠をさらに広げていて、若い世代に多大な影響を及ぼしていることも実に頼もしい限りです。作品集がわりと手に入りやすいアーティストでもあるので、メアリー・ヘイルマンのポップな幾何学絵画の世界に是非とも触れてみてくださいね。

Illustration: Sander Studio

Mary Heilmann

『Mary Heilmann: Looking at Pictures』(Whitechapel Gallery)およそ半世紀に及ぶ彼女のキャリアを、100枚を超えるフルカラーの図録と美術史家によるエッセイで辿る、ボリュームたっぷりの一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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