メアリー・ヘイルマン文/河内 タカThis Month Artist: Mary Hailmann / November 10, 2017
ストーリーのあるポップな抽象画を描く
西海岸出身の画家 メアリー・ヘイルマン
今回はメアリー・ヘイルマンというアーティストを紹介したいと思います。彼女の作品はニューヨークの「303 Gallery(スリーオースリー・ギャラリー)」というところで定期的に見ることができたのですが、303というところはダグ・エイケンやカレン・キリムニック、またはトーマス・デマンドとか、90年代以降のアートシーンを牽引していったアーティストたちを早くから見せてきたというかなり先見性のあるギャラリーとして知られています。ぼくも303がまだソーホーのビルの2階にあった頃から通っていたギャラリーのひとつで、303の敏腕オーナーであるリサ・スペルマンはリチャード・プリンスの奥さんだった人でもあります。
ヘイルマンの抽象画は、303の アーティストたちの中でもどこかほのぼのというか独特のポップさや緩さがあり、ものすごく革新的があるとかセンセーショナルとかという類の絵画ではなかったため、ときに「303みたいなところがよくこのアーティストをレップしてるな」なんて声さえも聞かれたこともあって、当時のアート界において彼女の立ち位置もちょっとつかみどころのなさがあった記憶があります。
加えて、彼女のスタイルは80年代の頃から今日までほぼ同じような作風で、例えばゆるいカラフルなストライプだけだったり、変形キャンバスにサイズの異なる四角形を散りばめたり、複数の異形キャンバスを組み合わせたりといった具合でした。そこにはナチュラルさやユーモアが感じられ、色のセンスも北欧産のファブリックのような明るくデザイン性に満ちた感覚が流れていました。
1940年にサンフランシスコに生まれたヘイルマンは西海岸で二つの大学で陶芸や美術を学び、卒業後すぐにニューヨークへと向かって以来、77歳になった今にいたるまでずっとニューヨークをベースにして制作を続けています。この画家のアート界でのポジションはどこにあるのか考えてみたのですが、ぼくの中ではエリスワース・ケリーとかアグネス・マーティンに続く第二世代というのがおそらく一番フィット感があって、「私の抽象絵画には必ずその背景となる物語があるのです」と本人も語っていることを踏まえれば、作品の成り立ちが建物の影や葉っぱの造形などから独特の幾何学絵画を生み出したケリーに、そして絵から感じられるポエティックさという意味ではマーティンに近いものがあると思っています。
近年は、平面だけではなくトレードマークの抽象的なパターンを使った椅子も手がけ、展覧会や作品にザ・ビーチボーイズのヒット曲である『Good Vibrations』や、ボブ・ディランの名アルバムである『Blood on the Tracks(血の轍)』なるタイトルを付けたりと、彼女の中で脈々と息づくカルフォルニアのスピリットやポピュラーミュージックからの影響を感じさせる展示を行ったりしています。しかも、ここにきて創作意欲がますます旺盛であるばかりか表現の枠をさらに広げていて、若い世代に多大な影響を及ぼしていることも実に頼もしい限りです。作品集がわりと手に入りやすいアーティストでもあるので、メアリー・ヘイルマンのポップな幾何学絵画の世界に是非とも触れてみてくださいね。