MOVIE 私の好きな、あの映画。

極私的・偏愛映画論『イヴ・サンローラン (L’amour fou) 』選・文 / 小野桃子(LAMEDALICO デザイナー) / August 25, 2021

This Month Theme私に素敵なことを教えてくれた。

210824_&premium_fix_V2

人生と恋愛をたたむ。

 恋愛関係の終わりというのはいつを指すのだろう。心変わり。浮気。浮気からの復縁、からの精神的殺し合い大喧嘩、からの無関心……という格闘の末の終了もあれば、もっと静かな終わりもある。死が二人を分かつことである。
2010年に作られたこの映画はデザイナーのイヴ・サンローランと彼のパートナー、ピエール・ベルジェのドキュメンタリーで、サンローランの死後、二人で蒐集してきた美術品をオークションに出品する作業を追いながら、ベルジェの言葉でサンローランの軌跡が語られていく。

 ディオール亡き後を引き継ぎ、21歳でデザイナーとしてデビューしたサンローランを公私に渡り50年のあいだ支え続けた……というと世にも美しい物語のようだし、実際美しい物語なのだと思う。でも、追い立てられるようにコレクションを発表し、途切れることのないプレッシャーの中でアルコールやドラッグに依存しながら夢のように美しいドレスを作り続けるクリエイターを「応援」するのって、残酷なことだ。30歳のサンローランのインタビュー映像で、彼は「18から仕事をしている私には若い時がなかった。経験してみたかったけれど手遅れです。今の自分は籠の中だから」と答えている。はにかんだ笑顔と言葉の対比に胸を締めつけられる。
 私には何度か、映画の中のサンローランが鵜飼いの鵜に見えた。くくりつけた紐を引いている鵜匠がベルジェ。もちろん、サンローランが自身の才能を存分に発揮できたのはベルジェという知性とビジネスセンスを併せ持つパートナーがいたからだし、資金繰りなどの業務を引き受けてくれる協力者がいるからこそ美の創造に没頭できた。でも、綺麗な世界に居続けるのもきっと苦しい。美しさで満たされるはずの世界で自分からあぶくしか出てこなかったら、溺れてしまう。壮年になったサンローランが、ショーが終わったばかりのバックステージで、虚ろな表情で立ち尽くしているシーンが忘れられない。若く美しく、分厚い眼鏡の奥で瞳を輝かせながらデビューコレクションを成功させたかつての自分を探しているように見えた。
 映画はサンローランの引退会見ではじまる。すべての言葉が素晴らしいのでぜひ実際に見てもらいたい。「人生で最も大切な出会いは自分自身に出会うこと」という使い方によっては陳腐になってしまう言葉が、溶け出たマグマのような重さを持って迫ってくる。絶対にタオルを投げないセコンドとして併走してきたベルジェを「大きな愛でサンローランを包み込む存在だった」と評するなら、その愛はあまりにも硬く、濃く、揺るがない金属の塊のようだと思った。

 ベルジェとサンローランが集めた美術品は彼らのアパルトマンから運び出されていく。美しい居室の中にあった彫刻や絵画がひとつずつ梱包され、オークションにかけられる。競売人が叩くハンマーの音が完璧に調和していた二人の世界をばらばらに砕いていく…と勝手に感傷的になっているのは見ている私だけで、映画の中のベルジェは内覧会で「君に買ってもらえたら嬉しい」「この作品はアメリカの富豪も狙っていて」などと上客相手に売り込み、高値で落札されるたびに手を叩く。自分の死後に残る膨大な量の美術品が路頭に迷わないよう、それぞれの行き先を見届けて、二人で広げた人生をたたんでいくベルジェ。恋愛は一方が死んでも終わらない。遺された者の中では続いていて、二人ともいなくなってやっとはじめて終わるのだ。
 ピエール・ベルジェは2017年9月にその生涯を閉じた。センチメンタルに浸りながら調べてみると、なんと!ベルジェは亡くなる直前に米国人の造園家と結婚していたのだった。彼はサンローランとベルジェが別荘として購入したマラケシュの「マジョレル庭園」を管理し、ピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン財団の会長も引き継いだという。なんという終幕、ベルジェに抜かりなし。見事なたたみ方を教えていただきました。

illustration : Yu Nagaba
0825-and-movie-chart
「マジョレル庭園」のほか、パリの邸宅やノルマンディの別荘などの完璧すぎて参考にできないインテリアが最高。若い頃のサンローランがビデオインタビューに答えたり、英語で取材に対応したりしているときの可愛らしさ。異様な迫力のある老人となった彼が、最後のショーで「クリスチャン・ルブタン」を履いたモデルたちに抱えられるようにして舞台を去るシーンも印象的。
Title
『イヴ・サンローラン(L’amour fou)』
Director
ピエール・トレトン
Screenwriter
ピエール・トレトン、エヴ・ギルー
Year
2010年
Running Time
103分

DVD「イヴ・サンローラン」
発売元:ファントム・フィルム
販売元:アミューズソフト
価格:5,170円(税込)
©2010 LES FILMS DU LENDEMAIN – LES FILMS DE PIERRE – FRANCE 3 CINEMA


LAMEDALICO デザイナー 小野 桃子

2006年より天然石やパールに金箔や本金糸、金色銀糸などを組み合わせたアクセサリーを製作。現在はオンラインショップで販売。

lamedalico.theshop.jp

Pick Up 注目の記事

Latest Issue 最新号

Latest Issuepremium No. 133カフェと音楽。2024.11.20 — 960円