MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『イントゥ・ザ・ワイルド』選・文 / 森 美穂子(〈and wander〉デザイナー) / August 26, 2019
This Month Theme原作もあわせて読みたくなる。
自然に魅せられた人間の謎が書かれていた。
「山が好きならきっと好きだよ」と、友人にDVDをもらって見たのは、もう何年も前になる。
放浪の末にアラスカの荒野で、孤独に死んだ主人公アレックスによって、「本当の幸せに気づきました」と映画を見終わった私には、どうしても思えなかった。どんな美しい話があっても、家族や友人たちの喪失感を、想像できてしまうからだ。彼の死に限らず、荒野や山で起きた単独行の死は、そこで何があったのか、正確にはわからない。残された物や状況から、周囲の人たちがあれこれ騒ぎ立て、愚か者やヒーローに仕立てる。そのどちらにも決められない私は、ぼんやりした違和感を、この映画にずっと持っていた。
アレックスは、家族や社会への怒りを野性に向けて、他人と文明を排除して、荒野に入った。ジャック・ロンドン、ジョン・ミューア、ヘンリー・デイヴィッド・ソローなどの、いくつかの本と一緒に持って行ったものは、ハンティングの道具や寝袋、トレイルヘッドまで、車に乗せてくれた男性からもらった長靴だ。用意した米は数ポンドで、地図すら持っていなかった。映画とわかって観ても、しばらく荒野で暮らす装備にしては粗末で、そこで生活する準備が出来ているようには、到底思えなかった。もちろん、彼は生きて帰るつもりだった。旅の途中で出会った女性から、もらったオレンジ色のニット帽を、荒野の入口に流れるテクラニカ川の手前のに立つ木に置いていった。戻るべき場所への道しるべに、人の温かさを感じて印象的なシーンだったが、多分これは映画のために、作られたエピソードだと思う。
この夏に改めて原作を読んだ。映画化されていないところが、4章分あった。それは原作者ジョン・クラカワーが、クライマーとしての自らの経験と、先人たちのエピソードを引き合いにして、彼の行動を考察し、まとめた部分である。そこには、自然に魅せられた人が共有して持つ、人間の謎が書かれていた。山好きの私もその一人だ、その謎によって、彼は自分を信じ前に進む強さを持った、魅力的で愚かな私のヒーローになった。