FOOD 食の楽しみ。

箱を開けると、そこに幸せが。
平野紗季子さんが語るお取り寄せの魅力。January 05, 2023

2020年12月20日発売の本誌特集は『真似をしたくなる、お取り寄せ』。送料さえ払えば、家にいながらにして欲しいものが欲しいときに手に入る。これって奇跡? それとも魔法? 送り出す側と受け取る側がモノを通して織りなす珠玉の物語? フードエッセイストの平野紗季子さんが、みずみずしい言葉でお取り寄せを語ってくれました。

箱から包装紙、ショップカードに至るまで。過去のお取り寄せにまつわる品々を一切捨てずに保管しているという、平野紗季子お取り寄せ遺産のほんの一部。300年前の創業時を彷彿させる『來間屋生姜糖本舗』 (上中央) から、「FOOD MOOD」の文字が隠された黄色いボックス (中央左) 、自身が手がける『ノー・レーズン・サンドイッチ』の箱 (左中央) などが多彩に並ぶ。
箱から包装紙、ショップカードに至るまで。過去のお取り寄せにまつわる品々を一切捨てずに保管しているという、平野紗季子お取り寄せ遺産のほんの一部。300年前の創業時を彷彿させる『來間屋生姜糖本舗』(上中央)から、「FOOD MOOD」の文字が隠された黄色いボックス(中央左)、自身が手がける『ノー・レーズン・サンドイッチ』の箱(左中央)などが多彩に並ぶ。

世界の中心で叫ぶ。送料ありがとう♡

 生まれたときからお取り寄せ、なんてことはないにしても、平野紗季子さんのお取り寄せ歴は長い。「最古(笑)は10年前ぐらい、大学生のときです。『チネカ』という物語性のあるお菓子を作るクリエイターの、猫のカリカリを模したクッキーが始まりでした」。注文履歴も残っていて、2012年9月のことだ。そのときの、箱を開けたときの高揚感は忘れられないという。

「食べ物が届くという現象にファンタジーを感じる人間だと思いました」。確かに。ホント素敵なことだ。平野さんがお取り寄せ好きになったのは、そんなところからだった。同じ頃に取り寄せ始めたのが、「とろけるような舌ざわり、初夏の輝き」な『シンチェリータ』のジェラートだ。

「お取り寄せの一番のハードルは、実は送料だと思います。カートに入れたあとに送料が追加になる。そこでウッときて離脱したくなったこと、ありませんか。この送料の1200円があったら、もう1個お菓子が買えると思ってしまう。でも、ちょっと考えてみてください、と言いたい。送料、全然高くないんです!」

 平野さん、あるとき、面識はないのだが、元パティシエのフジノシンさんのブログを見て、その通りだと膝を打った。彼はかつて、「考え方が幼すぎたゆえ、送料への憎しみで眠れない夜すらあった」人だったが、あちこち食べ歩きをして気づいたんである。「交通費や労力を考えると、送料さえ払えば自宅まで届けてくれる。めっちゃ楽だな」と。そして「LOVE送料」と、高らかに叫ぶのである。

 自分が動かなくても手に入る。お店に行く時間も手間もいらない。待ち時間ゼロで、指定の日、指定の時間に家まで届けてくれるのだ。確かに、それって実はすごいことではないか。

「フジノシンさんのおかげで変な力みのようなものが消え去り、俄然、『お取り寄せします!』という気持ちになりました。愛してるとまでは言えないけれど、送料いくらと出たときに『送料ありがとう!』という前向きな気持ちになれたのです」

 平野さんではないが、すべての運送関係者にも「ありがとう」である。流通のさらなる進化は、ますますお取り寄せ界を輝かせ続けるだろう。

 もちろん、お取り寄せがすべてではない。わざわざ出かける楽しみもある。「お店の世界観が味わえるし、お話もできる。でも、どんな思いでこのお菓子を作り、どんなことを伝えたいのかは、パッケージにギュッと凝縮して込められていると思います」。その最たるものが、『資生堂パーラー』のお取り寄せ品の鮮やかな色合いだという。

「箱を開けたときに、家の中がパッと明るくなる。家がどんなにボロ家でも、たとえゴミ屋敷のようであっても、開けた瞬間、そこは銀座なんです。銀座になるんです」。京都からやってくれば、「ここだけは京都」という気持ちにさせてくれる。「わらわは……」なんて言っちゃうくらい、優雅な気持ちになったりもする。「そういう夢を背負っていることへの責任感みたいなものが、お取り寄せのお菓子には貫かれていると思います」

パッケージは作り手の思いの結晶。

 平野さんと仕事をする機会が多い、アートな和菓子を作る『御菓子丸』は、生菓子を全国に発送してくれる希少な作り手。2021年からオンラインショップが始まった。そのパッケージの感度の高さにいつも感動するという。

「季節の移ろいを模した美しい自然の風景のような薄紙がかけられていて、すごく細いリボンが結ばれていて、そこにほとんど詩のようなメッセージが添えられていて、その先の木の箱にお菓子が並んでいる。その思い、その世界観をどう伝えるか、真剣に取り組んでらっしゃるんだと思います。それがひしひし伝わってくる」

 刺さるパッケージは、何も『御菓子丸』だけではない。ずらりと並んだ、平野コレクションのパッケージを見よ。作り手たちの個性と感性が炸裂しているではないか。『フードムード』もそうだ。しっかりした黄色いボックスに描かれた一つ一つがかわいらしいイラストなのに、よーく見るとFOODMOODと読める。賢いなぁ。

 ギフトボックスはないかもしれないが、農家から届く野菜だってそうだ。「大切に育てた野菜を包む新聞紙の選び方や包み方にも人柄が感じられる。どんなお取り寄せもそうですが、自分の手元から離れても、人を幸せにしたいというプライドみたいなものを感じて、素敵だと思います」。最近、平野さん自身がお菓子ブランド『ノー・レーズン・サンドイッチ』のディレクションを手がけるようになって、その思いはいっそう強くなった。そうなんだ。お取り寄せは、人を幸せにしてくれるものなんだ。家にいながらにして、別世界へ連れていってくれるのだから。

「送料さえ払えば、わざわざ家まで来てもらえるなんて、魔法のようだと思いませんか」。その通り。山形『出羽屋』から採れたての天然きのこだって、大挙してやって来てくれるのである。

 お話を伺うにつれ、作り手たちの思いのこもった品を取り寄せ、多面的に味わいたくなった。そうか、お取り寄せって、魔法だったんだ。

そっと魔法をかけてくれる、平野さんのお取り寄せリストより。

『シンチェリータ』のジェラート  阿佐ヶ谷のジェラテリアのジェラート。お取り寄せ歴は『チネカ』とほぼ同じ10年。その凝縮度から、愛を込めて「果実のZIPファイル」と呼んでいる。「毎年、夏はここのジェラートが冷凍庫に入ってないと、乗り越えられないくらい依存している」。セレクト12個セット 6040円。https://shop.sincerita.jp/
『シンチェリータ』のジェラート

阿佐ヶ谷のジェラテリアのジェラート。お取り寄せ歴は『チネカ』とほぼ同じ10年。その凝縮度から、愛を込めて「果実のZIPファイル」と呼んでいる。「毎年、夏はここのジェラートが冷凍庫に入ってないと、乗り越えられないくらい依存している」。セレクト12個セット 6040円。https://shop.sincerita.jp/

フードムード
『フードムード』のふきよせBOX

「どのお菓子も好きだけど、青のりとカシューナッツのクラッカーがおいしくておいしくて」。おやつセットなら6種のうちの1個だが、ふきよせになると、クラッカーがメインになる。「あらゆるスナック菓子は、ほんとうはこんなお菓子 になりたかったに違いない」。1箱2700円。https://foodmoodshop.com/
*写真はクッキーBOX。吹き寄せBOXでは、右上の「青のりとカシューナッツのクラッカー」がメインに。

『ノー・レーズン・サンドイッチ』のサンド菓子/strong>  平野さんが手がける、レーズン嫌いのためのサンド菓子。「お菓子に幸せをもらってきた自分が、おやつの時間で幸せになってほしいと願いを込めています」。6個入りの3個はレーズンサンド、残りは季節やオケージョンによって変わるバターサンド。新春コラボも楽しみ。2500円。https://noraisinsandwich.com
『ノー・レーズン・サンドイッチ』のサンド菓子

平野さんが手がける、レーズン嫌いのためのサンド菓子。「お菓子に幸せをもらってきた自分が、おやつの時間で幸せになってほしいと願いを込めています」。6個入りの3個はレーズンサンド、残りは季節やオケージョンによって変わるバターサンド。新春コラボも楽しみ。2500円。https://noraisinsandwich.com

『山菜料理出羽屋』の月山きのこ芋煮鍋セット  きのこ好き必食。里芋と月山の天然きのこが7種類ほど、さらに山形牛に〆のうどんまで。「秋になると食べたくなるきのこ鍋。中には〝劇場版なめこ〞と勝手に呼ぶ巨大なめこや、ラ・フランスのような香りのするきのこも入っていてショーゲキ的」。10月限定。2人前 6000円。https://sansai-dewaya.stores.jp
『山菜料理出羽屋』の月山きのこ芋煮鍋セット

きのこ好き必食。里芋と月山の天然きのこが7種類ほど、さらに山形牛に〆のうどんまで。「秋になると食べたくなるきのこ鍋。中には〝劇場版なめこ〞と勝手に呼ぶ巨大なめこや、ラ・フランスのような香りのするきのこも入っていてショーゲキ的」。10月限定。2人前 6000円。https://sansai-dewaya.stores.jp

平野紗季子
Sakiko Hirano

フードエッセイスト、フードディレクター。大学在学中に日々の食生活を綴ったブログが話題となり文筆活動をスタート。雑誌・文芸誌で多数連載を持つほか、ラジオのパーソナリティや、『(NO) RAISIN SANDWICH』の代表を務めるなど、食を中心とした活動は多岐にわたる。

photo : Hisashi Ogawa、Sakiko Hirano text : Michiko Watanabe

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