赤瀬川原平This Month Artist: Genpei Akasegawa / May 10, 2017

Author

河内 タカ

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Genpei Akasegawa 赤瀬川原平
1937 – 2014 / JPN
No. 042

1937年神奈川の生まれ。本名は赤瀬川克彦。武蔵野美術学校油絵科に入学するも中退。1963年、実物の千円札を同じ大きさに印刷した作品を発表し「通貨偽造」の罪で有罪になる。また、同世代の美術家である高松次郎と中西夏之と新たなグループを結成、3人の苗字の頭文字である「高」「赤」「中」にちなんで「ハイレッド・センター」と名乗る。1981年、尾辻克彦のペンネームで執筆した小説「父が消えた」で第84回芥川賞を受賞。1986年から藤森照信や南伸坊らと「路上観察学会」を発足させ、その延長として1998年に「老人力」を執筆しタイトルがその年の流行語に選ばれた。2014年10月に77歳で死去。

「愛すべき無用の長物は〝芸術〟である」と唱えた
赤瀬川原平の心はいつもアヴァンギャルドだった。

 「超芸術トマソン」ってなんのことかご存知ですか? これは現代アーティストの赤瀬川原平さんが定義した「建物に付着していて美しく保存されている無用の長物」のことを指していう言葉です。1972年のある日、赤瀬川さんは単に登って降りるだけの無用の階段や奇妙にふさがれた窓を発見します。多分、使われていないだろう、単なる工事のやり残しだろうと思っていたら、実はそこに補修の痕跡を発見し実際に使われていたことに驚いたといいます。

 超芸術の成り立ちに関して、赤瀬川さんはこんなコメントを残しています。「芸術のように実社会にまるで役に立たないのに、芸術のように大事に保存され、あたかも美しく展示されているかのようなたたずまいを持っている。それでありながら作品と思って作った者すらいない点で芸術よりも芸術らしい存在である、つまりそういったものは『超芸術』であり、中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。その中には、かつては役に立っていたものもあるし、そもそも作った意図が分からないものもある。 超芸術を超芸術だと思って作る者(作家)はなく、ただ鑑賞する者だけが存在する」と。

 一般的に、芸術というのはアーティストがなんらかの意思や構想を抱いて創り上げるものですが、それに対し、意図が感じられなくともなぜか保存され続けているそれらの摩訶不思議な物件や物体は、芸術を超えたもの、つまり”超芸術”であり、それは発見されまさに芸術作品のように鑑賞に価すると赤瀬川さんは定義したのです。で、ここで使われている「トマソン」とはなんなのか?と当然ながら思われるはずですよね。

 これはある人物の名前で、かつて読売ジャイアンツにわずか2年間だけ在籍していたゲーリー・トマソンという1981年にアメリカからやってきた野球選手に由来します。しかし、「巨人の4番」としてかなりの期待を背負ってやってきたトマソン選手でしたが、バッターボックスでやたら豪快にバットを振り回すも、ボールに当てることはできなくて三振の山を築いていきます。1年目はそこそこの活躍をしたものの、翌年は不振続きだったにもかかわらず、人気球団から高額の契約金が支払われ、空振りを見せるために使われ続けたことで、「無用の長物」の象徴としてこの名誉ある称号を赤瀬川さんから与えられたというわけです。

 「超芸術トマソン」は、ただ別人の名前をサインした男性用便器を『泉』と名付けアート作品とした提示したマルセル・デュシャンが、「芸術とはなんなのか」ということを突きつけた背景がこの「超芸術トマソン」にも息づいていると思います。つまり、見る側のセンスが試されるということであり、確かに普段の生活の中でこういったものを見つけ始めるとなかなか面白くて、実際、自分が住んでいる周辺にも思いのほか発見できたりするのです。

 そもそも、「超芸術」のいいところはそのどれもがとぼけているというか、どこかユーモラスである点で、しかも、それがある場所が重要であるという点では現代アートでいう「サイトスペシフィック・アート(特定の場所に存在するために制作されたアート作品)」というジャンルにも入れることができるという、考えようによってはなかなか奥が深いものでもあるのです。しかも、それらは能動的に探さないといけない体験型の芸術でもあるという……(笑)。

 それにしても、ちょっと気にかかることが勝手に名前を使われてしまったゲーリー・トマソン選手は、超芸術と自身の結びつきを理解できたのだろうかということです。でも、まあ、あまりいい思い出がなかった日本で、未だこうやって自身の名前が出てくることもなかなか洒落っ気があっていいのではないかと個人的には思うわけなんですけどね。

Illustration: Sander Studio

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『超芸術トマソン』(ちくま文庫)表現の世界に新しい衝撃を与えた“超芸術トマソン”の全貌を明かす、必読の一冊。読み終えた時にはきっと、街歩きに新しい楽しみを見つけられるはず。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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