MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『華氏451』選・文 / 有坂塁(『キノ・イグルー』主宰) / August 25, 2022
This Month Theme本の世界に浸る。
活字を読むこと、本との関わり合いを改めて考える。
ここ数年、人が"本を読む姿"に魅了されている。そこだけ時が止まっているような、異次元な美しさに。
電車の片隅、喫茶店、晴れた日の公園。小さな本を読みふける姿を見かけると、いけない!と思いながらも、ついじっくり見入ってしまう。
きっと、この気持ちは本が誕生した六世紀から続いており、が故に、レンブラントやルノワール、ピカソといった多くの画家たちも "本を読む姿" を記録していったのだろう、と思う。そのことに気づいて以降、僕もインスタグラム内で小さなプロジェクトを始めることにした。「#キノ・イグルーの読書する人々」。
映画内の読書シーンを画像付きで紹介するというささやかなもので、現在31作品、投稿している。『パルプ・フィクション』:便座にすわりながら本を読むジョン・トラボルタ。『ムーンライズ・キングダム』:窓辺のお気に入りスペースで猫と一緒に本を読むカーラ・ヘイワード。『ビフォア・サンライズ』:ユーロスターでの移動中に読書をするジュリー・デルピー。
ほかに、『アメリ』『北北西に進路を取れ』『ノッティングヒルの恋人』『パーマネント・バケーション』なども挙げているので、ぜひ、書物と映画とが組み合わさって生まれる美しい風景を楽しんでもらいたい。
そんな"本と映画"との関わりを考える上で、絶対に外すことのできない作品といえば、フランソワ・トリュフォー監督の『華氏451』ということになる。
アメリカのレイ・ブラッドベリの原作をもとに、フランスのフランソワ・トリュフォー監督が、イギリスで撮影した多国籍チームによるSF映画。 この映画においてはワンシーンどころか、まるっと"本"そのものがテーマとなっており、加えて本好きにとっては、このうえない恐怖を描いた作品としても有名だ。本作のDVDのパッケージにはこう書いてある。「徹底した思想管理体制のもと、書物を読むことが禁じられた社会。禁止されている書物の捜索と焼却を任務とする消防士のモンターグは、偶然出会った可憐な女性クラリスの影響で本の存在を意識し始める。やがて、活字の持つ魔力の虜となったモンターグ。だが、彼を待っていたのは、妻リンダの冷酷な裏切りだった…」
この世界の中での消防士は火を消すのが仕事ではなく、本を焼くための焼火士として活動をしている。秘密裏に本を持っている人を見つけては、燃やしに燃やし続けるのだ。
ウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』やジャン・コクトーの詩集など、何十冊もの本が実際に火をつけられ、灰になっていくまでをトリュフォーは逃げることなく描き出す。
そして、その痛みを通して、本を焼き尽くすことの愚かさを表現しているのだ。
かつて、茅場町にあった『森岡書店』で本作を上映した際は、レア本に囲まれた環境下だったこともあり、焚書のシーンでは、胸が張り裂けそうになったことを思い出す。と同時に、本というマテリアルに愛おしささえ感じたことも。
“活字を読むことが悪”である世界を表現した映画は、オープニングクレジットも文字ではなく、ナレーションで処理するという徹底ぶりなのである。