MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『君の名前で僕を呼んで』選・文 / 小島明洋(formeデザイナー) / September 25, 2021
This Month Theme何度も見返したくなる。
「自分だけの視点」で映画を観られなくなること。
映画の魅力の一つに、同じ作品を見返した時に、時代やその時の環境で感じ方が変わるという所があると思います(と言ってもこれは最近気付いたことなのだけれど)。
最初に観た時は気付かなかったところに目がいったり。なぜあの時はこのシーンで感動したんだろう、と思ったり。あの頃にこの映画に出合えていれば、と妄想したり。
長男が産まれて父になってからは、観るたびに必ず涙していた『スタンド・バイ・ミー』のある場面も、父子愛を描いた『ライフ・イズ・ビューティフル』にも涙することはなかった。
単純に自分の価値観や感じ方が変化していったと考えるのが自然なことだけど、きっともう「自分だけの視点」で映画を観られなくなっていたのだと思う。
2018年、長男がようやく1歳を迎えた頃、未だ父親になった実感を持てないことに焦りを感じ始めていたときに一人、映画館でこの作品を観ていた。一児の父が平日の昼間に。どちらかと言えばBL的なこの作品を。
舞台は1983年の北イタリアの避暑地。家族で夏のバカンスを過ごす日常から物語は始まる。どのシーンにも必ずどこかにむせ返るような緑が映っていて、常にピアノの音が鳴っている。
翻訳や音楽の編曲を趣味にする17歳のエリオとアメリカからやってきた24歳の大学院生オリヴァーの恋の話だ。でもこれは同性愛をセンセーショナルに描いた映画ではなく、あくまで一夏の出来事を描いた青春映画。だから良かった。
ギリシャ・ローマ考古学の教授であるエリオの父親のように、僕は息子の恋に対して真っ直ぐに言及出来るような父親になれる気はしない。
でも、エリオの父親の想いのように、もし深く傷付いたとしても、“何かがあったということは、何もないことよりも豊かなことである”と思えるような子に育って欲しいと思った。
2021年、長男は園児になり、次男は卒乳を迎えた。僕の生活にスッと入り込んできた彼らのおかげで「父親の実感」なんてものはもはやどうでもよくなり、むしろ子育て中にそんなことは気にしていられません、などと一丁前に思い始めた頃にこの作品を再見。
素晴らしい映像と音楽で、観終わった後に良い後味をもたらしてくれる印象は1回目に観た時と同じ。でも2度目の観賞では、エリオの自分本意な行動が目についた。
何よりもオリヴァーへの気持ちが優先されてしまい、友人やガールフレンドを傷つける。でも、ふとエリオの視点で世界を見たときに、かつての自分もそうだったように思えて言葉が出なくなる。
それと同時に、これは子どもを叱るときと同じ感覚だと気付いた。自分の、子供と同じような幼さは棚に上げ、大人のようなセリフで子どもを窘める。父親にはなったけど、自分が大人になれたとは未だに思えない。他のお父さん達はどうなんだろうか。
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