BOOK 本と言葉。
ライター・編集者の鳥澤光さんが紹介する、朝の風景描写が美しい物語。June 11, 2025
朝の日差しに包まれながら読む本は、今日のはじまりを祝福するものでありたい。ここでは、くちずさみたくなる詩、美しい風景が綴られた小説、思わず舌鼓を打ちたくなる朝食が描かれた本を、それぞれの選者が紹介する。今回は、ライター、編集者・鳥澤光さんが「朝の風景描写が美しい物語」を3つ紹介。幸せでも辛くても朝は平等にやってくる。かけがえのない一日を象徴する一文とともに、豊かな本の世界へ。
&Premium114号「朝を楽しむための28のこと」より、特別にWEBで紹介します。
『郊外のフェアリーテール』 著 キャサリン・ マンスフィールド / 編訳 西崎憲 (亜紀書房)

「ガーデンパーティー」より
ガーデンパーティーの日、ニュージーランドの朝の光が、澄んだ空気と軽やかな喧騒と手を取り合い庭と邸を駆けていく。テントが張られ、花やシュークリームが届けられ、ピアノと歌声がひととき響き渡る。小さなローラは、そわそわした気持ちをいっぱいに抱えながら準備を手伝い、金色の雛菊で縁取りされた黒い帽子をもらう。そこへ不意に舞い込む、見知らぬ人の不幸の報せ。朝、昼、夕と移ろう景色に心理描写がリンクする名手の代表作は、15篇を収めた短篇集から。
『千の扉』 著 柴崎友香 (中公文庫)

35棟、3000戸に7000人ほどが暮らす都心の団地の夏の朝。同じ形をした建物の、同じ重さをした扉が開かれ、閉じられ、よく似た形の部屋部屋から人々が出かけてゆく。足音、挨拶、高い声、低い声。数えきれないほどの音が響いて朝の空気が動き出す。この景色を見ているのは、団地の一室に留守居している主人公の千歳だが、きっと誰もが、よく似た景色を記憶の箱の中に持っていることだろう。戦後70年もの時間が降り積もる、場所と人の記憶を旅するように巡る長篇小説。
『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』 著 ガブリエル・ガルシア=マルケス / 翻訳 野谷文昭 (河出書房新社)

「この世で一番美しい水死者」より
カリブ海の漁村に水死者が流れ着いた。永遠の沈黙を身にまとってなお美しい男には、栄冠を意味するエステバンという名が与えられる。かいがいしく彼の世話をする村の女たちは、彼の表情に誇りを見、生前の姿を幻視して涙を流す。花で飾られた水死者が海へ送り返されたあと、彼への想いから村は美しく生まれ直す。岩が穿たれ、水が湧く。花の種が蒔かれて未来の絶景を呼び寄せる。死を描きながらも、光と愛と平和のイメージに満たされる、中短篇傑作選に収められた一篇。
鳥澤 光 Hikari Torisawaライター、編集者
『BRUTUS』『GINZA』『文學界』などの雑誌を中心に、本の紹介や著者インタビューなどを手がける。『クロワッサン』BOOKページの編集と執筆、『SPUR』連載「林士平の推しマンガ道」の構成と執筆を担当。