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極私的・偏愛映画論『銀座の女』選・文 / 雨宮ゆか(花の教室「日々花」主宰) / February 25, 2022

This Month Theme喫茶店でのシーンが心に残る。

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行き場のない思いを抱えて、ひとり喫茶店で過ごす時間。

喫茶店に、気負いなく座れるおとなになりたいと思っていた。
ただ、お茶を飲んでいるのでも、コーヒーを前に本を読んでいるのでも、何をしていてもいい。
ひとりで、というのがポイントだった。
とっくに年齢だけはおとなになった今も、まだその気持ちは残っている。
好きな喫茶店、何回も言ったことのあるお店なのに、少しの気後れとともに、ドアを開ける。
そんなふうなので、この映画の喫茶店のシーンが、短いながらとても印象に残っている。
芸者の琴枝が煙草片手にひとり、窓際の席に座っている。場所は、銀座の喫茶店。窓の外には、車と人が行き交う大きな通り。見下ろすようなアングルから、街の様子がいきいきと伝わってくる。カメラが見上げる角度に切り替わると、窓の外には『和光』の時計台が見える。
むっとした表情は、その前に交わした兄との会話のせいらしい(兄と会うのも、別の喫茶店だ)。食べかけのケーキやら、読みさしのパンフレットやらが散らかる様子が、いかにも場慣れている。演じるのは、乙羽信子。東京風の早口な話しぶりが粋で「あら、そう」なんていう短いセリフもさまになる。
おそらく昭和30年頃。銀座近くの芸者置屋を舞台に、女将をはじめとする芸者たちの悲喜こもごもが話の本筋だけれど、ほとんどお座敷のシーンはなく、彼女たちの日常がコメディタッチで描かれる。置屋のある狭い路地、宝くじ売りや銭湯など、当時の銀座界隈の街角がストーリーにうまく取り入れられて、すっと映画の世界へ連れ出してくれる。
ほかにも劇中、かちどき橋、東急線の緑が丘駅など、東京のあちこちが出てくるので、今と引き比べるのも面白い。
その中で喫茶店は、狭い家に寄り合って暮らす彼女たちにとって、行き場のない思いを抱えて、ひとりもやもやする場でもあっただろう。
専業主婦が普通だった時代に、それぞれに事情があって芸者になり、男の人に頼ることなく身を立てる女たち。裏切られても馬鹿にされても、からり明るく生きていく。お互い、つかず離れず支え合っているところに、思わずほろり。
世の中を知る人は、いい意味で、人にやさしい。
公開から70年近く経っても、色褪せない。ほんのり勇気をもらえる映画と思う。

illustration : Yu Nagaba
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1955年公開。女将を演じる轟夕起子をはじめ、乙羽信子、藤間紫ら女優たちの演技がすばらしい。途中からミステリーがかったドタバタ劇になっても観られるのは、彼女たちのおかげ。老後の心配をしてみたり、売れない理由にがっかりしたり、現代だっておなじみの悩みに深く共感できます。昭和っぽい着物柄、着こなしも興味深く、着物好きにもおすすめです。
Title
『銀座の女』
Director
吉村公三郎
Screenwriter
新藤兼人
高橋二三
Year
1955年
Running Time
109分

花の教室「日々花」主宰 雨宮 ゆか

神奈川県生まれ。季節の草花を生活にとりこむ花の楽しみ方のレッスンを定期的に行う。工芸作家とコラボレーションした花器の提案を行い、ギャラリーで企画展を開催することも。花にまつわる執筆やスタイリングも手がける。著書に『花ごよみ365日』(誠文堂新光社)『百花帖』(エクスナレッジ)など。3月末より「代官山 蔦屋書店」にて、新刊『百花帖』『百葉帖』発売記念フェアを開催予定。

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