MOVIE 私の好きな、あの映画。
『眺めのいい部屋』選・文/長島有里枝(写真家) / November 18, 2015
This Month Theme二者択一する。
長島有里枝(写真家)
10代の頃から変わらない、恋愛観の基盤。
女子校の気楽さに埋没した日々を送りながら、こっそり素敵な恋愛に憧れていた16歳のわたし。ところが男の子たちとのデートはまるで退屈。これじゃあ恋愛なんて一生ムリと思い始めていたとき、深夜のテレビで観たのが『眺めのいい部屋』だった。その日から、主演のジュリアン・サンズは理想の男性、本作はわたしの恋愛観の基盤になった。
ロンドン郊外で育った上流階級の娘ルーシーは、歳の離れた従姉妹シャーロットをお供にフィレンツェを訪れる。20世紀初頭、淑女にとって、未婚で年長の女性親族とイタリア旅行に出かけることは、教育の一貫とみなされていた。現地には彼らいきつけの宿(ペンション)があり、おそらくそこは知人に会ったり新しい人脈を築いたりする社交の場になっていた。そこでルーシーは、ブルジョワ階級出身の風変わりな青年ジョージと出会う。ほどなくして、二人の間に恋愛感情が芽生えるが、ジョージがルーシーにキスしているところを目撃したシャーロットによって旅は強制終了。帰国したルーシーは、想定外の相手への恋心に封をしようと、同じ貴族階級出身のセシルと婚約する。しかし、偶然再会したジョージに愛を告白され、大きな決断をする……。
若い頃は、繊細なジョージの情熱的なアプローチに夢中になったが、いま見返すと、当時のヨーロッパ社会を背景とした女性のありかたが見事に描かれた映画だったことがわかる。ジョージに惹かれているのに、セシルを選ぼうとするルーシー。「愛」と「家柄」の間で揺れる彼女の気持ちには、現代を生きるわたしたちも十分共感できる。そこに見え隠れする「諦め」は、かつてわたしが男の子たちに感じた失望と地続きだ。女の子の意見を聞かずにデートの行先を決めるとか、一人で歩けるのに手を引かれるといった、小さなことの積み重ねが女性に与える無力感は計り知れない。女性にとっての恋や結婚は、自分を放棄することとたやすく繋がってしまう。ルーシーの場合には、作家になる夢や自分らしさの放棄を意味するが、かといって結婚を選ばなければ、シャーロットのように「かわいそうな人!(Poor Chalotte!)」と呼ばれる羽目になるのだ。
ルーシーを(セシルがそう見ているように)飾りものとしてではなく、一人の人間として愛し、尊重していると迫るジョージの言葉が、彼女を変える。こんな風に想ってくれる人が、自分にもいたらいいのに! と、27年前のわたしは強く思った。そして将来何があっても、「愛」を選ぼうと決めた。その気持ちはいまも変わっていない。