MOVIE 私の好きな、あの映画。
脚本家・小説家の吉田恵里香さんの人生を変えた映画。クリエイター人生の拠り所となった3本。January 15, 2025
『あの頃ペニー・レインと』キャメロン・クロウ
Almost Famous / 2000 / USA / 123min.
姉の影響でロックに目覚め音楽記者となった高校生のウィリアム。ツアー同行記を書くためにあるバンドに密着するうち、グルーピーの女の子に恋をする。しかし彼女はバンドリーダーと恋仲だった。監督が実際に体験したエピソードをもとに映画化した青春物語。
『恋愛小説家』ジェームズ・L・ブルックス
As Good As It Gets / 1997 / USA / 138min.
嫌われ者の変人小説家メルヴィンは、あるとき上階に住むゲイのサイモンが暴行され、苦手な犬を預かることに。行きつけの店で唯一給仕をしてくれるキャロルとも交流が生まれ、少しずつ心を開いていく。ジャック・ニコルソンの演技が光るヒューマンラブストーリー。
『ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間』ピーター・ジャクソン
The Lord of the Rings : The Fellowship of the Ring / 2001 / USA / 178min.
J・R・R・トールキンのロングセラー小説『指輪物語』を映画化したファンタジー映画シリーズ3 部作の第1 弾。不思議な力を秘めた一つの指輪を巡り、ホビットの旅の仲間たちが冥王と闇の勢力を滅ぼすため村を出る。それは出会いと別れが連続する冒険の旅だった。
人間を重々しく描くより、エンターテインメントに昇華する。
2024年上半期のNHK連続テレビ小説『虎に翼』の脚本を担当し、これからが期待される吉田恵里香さん。クリエイター人生のなかで、この3本の映画には大いにヒントをもらい支えられてきた。
「『あの頃ペニー・レインと』は台詞のよさに加え、主要人物に悪い人も善い人もいないという、ある意味人間をしっかりと描いています。ロックバンドのツアーに同行する高校生記者のウィリアムは、バンドのグルーピーであるペニー・レインに片思い。彼女はリーダーと恋仲だけど、彼には別の恋人がいる。あるとき賭けで、50ドルとビール1箱の代わりにペニーを含めて美女3人を差し出すとバンド仲間が言うと、リーダーは承諾するんですが、それをウィリアムから聞いた彼女は泣きながら『そのビールの銘柄は?』と返す。彼女の悲しみのなかの返しがとても洒落ているんです。物語を俯瞰するとウィリアムは母親に嘘をついていて、バンドメンバーも売れたい欲が出ているし、彼女も強がっていないと気持ちが保てない。みんなダメだしみんないいという人間たち。そのバランスのよさで一本映画を作れるなんて素晴らしい」
幼い頃から絵本を描き、漫画家になる夢も持っていた吉田さん。小説を書き始めていた高校時代、繰り返し観ていたこの作品の粋な会話に心が動かされ、いつか物書きになって、こんな台詞を書いてみたいと頭に思い描くようになった。
「私はエンターテインメント作品を作りたい。この映画のように、家族のことやビジネスとしてのロック、女性が搾取される問題など、重いテーマをいかに観やすく、間口を広げて書くかがだいじだと、観るたびに痛感する憧れの作品です」
『恋愛小説家』も、完璧な人もいないし完璧な人生もないという、人間のありようを描く映画。
「ジャック・ニコルソン演じるメルヴィンは、偏屈で人嫌いだけど恋愛小説でヒットを飛ばしまくる作家。行きつけのレストランでも、ウエイトレスのキャロルだけに給仕を許しています。自宅の上階に住んでいるゲイのアーティストにも差別的なことをするのですが、強盗に殴られて怪我をしたアーティストの犬を預かってあげたり、キャロルの病気の息子の治療費を持ってあげたりして、周囲と接点が生まれるとともに、人生も変わっていく。人のさまざまな偏見や思い込みで物語が進みますが、登場人物みんなに欠点があるし、抜本的には誰もいい人にはならないんです」
学生時代に観たときは、中年男の恋愛映画でこんなに感動するんだと自分で驚いたという。映画は美男美女で物語を作るのが当然と思い込んでいたけれど、それは違うのだと考えが変わった。
「人にメッセージを届けることは私の一貫している思いですが、完璧な人間を描くことでは伝わらないものがあります。一度で成功するのではなく、間違えたり寄り道したり。そういう主人公の話や、大人の恋愛話をいつか書いてみたいです」
ティーンの頃は出演俳優で作品を選んで観ていた。ちょうど映画のビデオやDVDのレンタル代が安かった時代。そういう選び方をするなかでハマったのが『ロード・オブ・ザ・リング』だった。
「中学時代に家族と映画館で観てものすごく衝撃を受けた作品。ファンタジーに対して持っていた子どものもの、という偏見が払拭されました。特に俳優たちが素晴らしく、彼らの他の仕事を追いかけることで、さまざまなジャンルの映画を観るようになり、日常での関心も多方面に広がったのは大きい。そういう面白さを教えてもらいました」
当時はゴラムとは何だったのかを考えたり、エルフ語を必死に覚えたり。ウィキペディアもない時代だから、映画に出てくる用語や謎などのディテールはもちろん、俳優たちのヒストリーなども主に紙媒体で調べ、情報を集めていた。
「出演者で人間性も含めて一番惚れ込んだのがヴィゴ・モーテンセン。『インディアン・ランナー』を観てベトナム戦争について調べましたし、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で苦手だった暴力や性を描く作品も観られるようになりました」。
『虎に翼』放送終了後、自分にも伝えられることがあると考えて、取材やトークイベントの依頼をできるだけ引き受けているのも、ファンを大切にし、世界平和を訴えるヴィゴを見習ってのこと。
「大好きな彼がさまざまな役で出ているのが嬉しい。だからファンの人たちの『こんな〇〇さんを見るのは初めて』という喜びがわかります。それで自分の作品でも、この役はこの俳優さんでどうでしょうと、提案してみるようにしています」
吉田恵里香 Erika Yoshida脚本家・小説家
1987年、神奈川県生まれ。脚本作品にドラマ『虎に翼』『生理のおじさんとその娘』、映画『ホリックxxxHOLiC』など多数。ドラマ『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞を受賞。2025年4 月よりアニメ『前橋ウィッチーズ』が放送開始予定。現在、小説を鋭意執筆中。
photo : Masahiro Sambe text : Akane Watanuki