河内タカの素顔の芸術家たち。ロベール・ドアノー — Robert Doisneau | Art | & Premium (アンド プレミアム)

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Robert Doisneau / January 10, 2021 河内タカの素顔の芸術家たち。
ロベール・ドアノー

Robert Doisneau
ロベール・ドアノー / Robert Doisneau
1912-1994 / FRA
No. 086

パリ郊外のジャンティイに生まれる。石版画を学んだ後、自動車メーカーのルノー勤務を経て、フリーのカメラマンとして活動を始める。1934年に結婚と同時にパリの南西部に隣接するモンルージュに移り住み、その後フランス軍に入隊するも結核を発症して除隊となる。第二次大戦中はレジスタンスに参加し、左翼系の芸術家たちとの交流を持ったことでピカソやジャコメッティなどの芸術家たちのポートレートを残している。1949年にはフランス版『ヴォーグ』のファッション写真によって広く注目されるようになり、作家のロベール・ジローとともにパリの街中を歩き周り、庶民の日常をとらえた写真で高い評価を得た。

パリのエスプリを撮り続けた写真家
ロベール・ドアノー

 「ミュゼット」ってご存知ですか? パリに行くと街角や地下鉄構内、ときには地下鉄の車両の中でも流れてくるアコーディオンの調べのことです。軽快でありながらもどこか哀愁を帯びていて、パリといえばぼくはエッフェル塔やセーヌ川、カフェやシャンソンとともに「ミュゼット」を思い起こしてしまうわけですが、写真の分野において最もパリを感じさせる写真家がこのロベール・ドアノーではないかと思っています。

 ロベール・ドアノーの作品の中で最も有名なのが、恋人たちのキスシーンを捉えた「パリ市庁舎前のキス」だと思いますが、あの作品のようにドラマチックではなく、その多くはパリとその郊外において、そこに住む人々が繰り広げる日常のごく何気ない光景を軽妙かつユーモラスに撮り続けた写真家として知られています。子供の頃から愛してやまない場所や人々を、日々歩き回りながらフレームに収めることによって、ユーモアと人間味溢れる写真を数多く残していました。

 実は冒頭でミュゼットのことについて触れたのも、黒髪の女性アコーディオン奏者を撮ったドアノーの有名な作品が頭のどこかに残っていたからです。ピエレット・ドリオンという名の流しのアコーディオン奏者に一目で魅了されたドアノーは、ビストロや大衆酒場で労働者たちを相手に人生や愛や失恋の歌を切々と演奏する彼女の姿と、それを熱心に聞き入る男たちの豊かな表情を捉えているのですが、そんなところこそ彼が「イメージの釣り人」と言われる所以なのかもしれません。

 1912年、ドアノーはパリの南東にあるジャンティイという町に生まれました。幼い頃に両親を亡くし、生きていくために石版印刷工として働き始めます。13歳のときに初めてカメラを手に入れ、18歳にして写真家としてのキャリアをスタート。そして、22歳のときから大手自動車メーカーであるルノー社で広告や記録用写真を撮る仕事に従事していたのですが、写真の焼き具合に必要以上にこだわりを持ち、そのことが原因なのか遅刻が多かったためか解雇されてしまい、それから自分が納得のいく写真を追い続ける人生が始まります。

 ドアノーの写真の最大の特徴といえば、ドキュメンタリーや報道写真とは異なる、どこかフランスの国民性や精神性を表す言葉「エスプリ」の感覚や茶目っ気が感じられるところだと思います。とにかくどの写真にも、フランス人らしい洒落の効いた独特の感性が息づいているというか……。加えて「写真とは創るものではなくて探すものだ」をモットーとしていたドアノーなだけに、普段はさほど気に留めない一瞬を、愛機のレンズを通して切り取ったライブ感溢れる撮影スタイルが代名詞となっていきました。また、市井の人々や労働者たちの日常や心情にもひときわ親近感を覚えていたと言われ、働く人々への温かい眼差しが感じられながらも、そこには小気味よいウィットに富んだセンスが含まれており、それゆえにドアノーの写真は時代を飛び越えて人々からの共感や人種や世代を超えての愛着を覚えるのかもしれませんね。

Illustration: SANDER STUDIO

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『Robert Doisneau: Music』(Flammarion)ロベール・ドアノーが1950年代から1980年代までに撮影したミュージシャンたちの写真を集めた一冊。未発表写真も多数収録されている。

展覧会情報
「写真家ドアノー/音楽/パリ」展
会期:2021年2月5日(金)~2021年3月31日(水) 
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/21_doisneau/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。