Art素顔の芸術家たち

This Month Artist: Marcel Duchamp / June 10, 2016 マルセル・デュシャン

Author

河内 タカ

マルセル・デュシャン
Marcel Duchamp
1887-1968/FRA
No. 031

フランス生まれ、晩年にはアメリカに帰化した現代美術におけるコンセプチュアル・アートの創始者。1914年に発表した『階段を降りる裸体 No.2』を最後に絵画制作を放棄し、その後は『泉』などのレディ・メイド作品を打ち出す。チェスの名手としても知られ、生涯に渡って思考することを軸とした芸術作品を制作し続けた。墓碑には「されど、死ぬのはいつも他人」と書かれている。

はたしてアートは美しくなければならないのか?
マルセル・デュシャンの歴史的な傑作『Fountain』

フランス人のアーティストで、コンセプチュアルアートの父として知られるマルセル・デュシャンが、今から約百年前にフランスからニューヨークに活動を移したとき、あるひとつの「作品」によって、それまでのアートの常識を覆すようなアイディアを提示しました。それが『Fountain』です。今ではあまり見かけなくなった旧式の男性用便器を通常使用されるポジションから90度傾けて立て、その横側にもっともらしく黒の絵の具で「R. Mutt 1917」という作者のサインを入れたのでした。

この白いなんの変哲もない便器の作品は「泉」というタイトルで日本では知られ、人を食ったようなジョークっぽさが最大の特徴なのですが、約10年前にイギリスで行われた「世界の美術界をリードする五百人に、もっともインパクトのある芸術作品を5点選んでもらう」という人気投票で、ピカソやウォーホルやジョーンズやセザンヌやポロックらの作品を押さえてなんと堂々の一位を獲得したのです。

デュシャンのレディメイド作品でももっとも有名であろうこの作品は、ニューヨークにあった近所のデパートに行って〝ごくごく普通に市販されていた新品の便器〟を買い、それに自身の名前でなく他人の名前のサインと制作年を入れただけのものです。それがなぜもっともインパクトのある作品になりえたのか? その答えを探るべく、デュシャン本人の次の言葉をじっくり噛みしめて読んでみてください。

「Mutt氏が自身の手でこの『Fountain』を制作したかどうかはまったく重要ではない、彼がそれを“選んだ”ことが重要なのだ。彼はただの日用品を選び、そしてそれをアート作品として展示した。しかし、そのときに新しいタイトルと新しい視点が加えられることで、本来の便器としての機能は失われた代わりに、アートのオブジェとして新しい考え方を提示したわけなのだ」

どうですか、語っていること自体は別に難解ではないですよね。もちろんいろいろな意見や反論や「そんなもん、到底アートとは呼ばん」とおっしゃる方もいるかもしれない。実際、この作品は猛烈な勢いで当時のアメリカ人には嫌われたのです。しかし、たとえば、それがウィットやユーモアやアイロニー好きだったデュシャンだったからこそ成し得た、ひとつの粋な芸術的パフォーマンスだったと考えれば、なんとなくシックリするのかもしれません。

そもそもこの便器自体はそんなにアートとして崇拝する必要もないのです。それよりも、これがアート作品なのだと彼が世に問うたことで「新しいモノの見方や考え方を提示した」ところがもっとも重要なわけで、そういった既成の概念から外れたような見方や考え方が、結局、今に至るまでの重要なアートの流れや歴史を形作っていくことになったのは否定できないはずです。そして、このデュシャンという人は、そんな斬新でラジカルな発想をなんと一世紀も前に確信を持って世に提示してしまったわけで、やっぱりそこのところが革新的といわれている所以なんでしょうね。

Illustration: Sander Studio

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『デュシャンは語る』 (ちくま学芸文庫) レディ・メイド、ダダイスム、複製芸術、インスタレーションといった作品はもちろん、その革新的な思想で、現代アーティストにも多大な影響を与え続けるマルセル・デュシャン。希代の芸術家の創造の源泉に触れられるインタビューは必読!


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。