Art素顔の芸術家たち

This Month Artist: Grant Wood / September 10, 2018 グラント・ウッド文/河内 タカ

Grant Wood
Grant Wood
1891-1942 / USA
No.058

1891年、アメリカ合衆国アイオワ州のクエーカーの農場主の家に生まれる。ミネアポリスの工芸学校「ハンドクラフト・ギルト」と1913年からはシカゴの美術学校の夜間コースで学ぶ。第一次世界大戦中は陸軍において軍用車両の迷彩のデザインの仕事をし、退役後は故郷のシーダーラピッズにもどり中学校の美術教師となる。1923年から1924年の間に4度渡欧し、パリのアカデミー・ジュリアンで学びながら印象派やオランダ絵画など様々な絵画に親しむ。1932年には芸術家村である「Stone City Art Colony」を設立し、不況下の芸術家救済のために貢献し、1934年から亡くなる1年前までアイオワ大学の美術学校で教え1942年に51歳で亡くなった。

アメリカの田園風景や人々を描いた画家
グラント・ウッド

 アメリカの美術史において「リージョナリズム」という言葉が出てきたのが1930年代からなんですが、リージョナルとは「地方」、つまり都市から遠く離れた農村部などのことを指します。1929年に世界恐慌が起こったことで、世界から孤立を次第に強めていたアメリカは国粋主義や排外主義を打ち出し始め、そういった気運は田園生活の中での真の生き方や価値を見出そうとした芸術家たちによる地域主義運動に繋がっていったというわけです。

 そして、このムーブメントの代表的な人物とされているのがグラント・ウッドというアイオワ州の画家でした。敬虔なクエーカー教徒の家に生まれ育ったウッドは、アメリカ中西部の牧歌的な田園風景、あるいはその地に暮らす人々を描き、米国人による新しい写実スタイルを生み出した画家として知られているものの、彼の絵というのはどこか世の中の動きに取り残されたようなシュールともいえる世界観を描き出していました。

 そのウッドの最も有名な絵として知られているのが、『アメリカン・ゴシック』と題された肖像画です。タイトル通りゴシック調(当時、ヨーロッパのゴシック様式を入れるのが流行っていたそうです)ともいえなくもない白い二階建ての木造家屋の前で、真面目そうな農夫のカップル(農具である三又のピッチフォークを持ったモンドリアンのような風貌の真面目そうな男性と、髪の毛を真ん中から分けたおさげにカメオの首飾りを付けたいかにも敬虔そうな年下の女性の二人)が硬い表情で並んでいるといった奇妙な雰囲気が漂う作品です。しかしながら、この絵はアメリカ人であればおそらく誰もが知る有名な作品であり、『モナリザ』やムンクの『叫び』などとともによく漫画やパロディに引用されるので、もしかしたらどこかで見られたことがあるかもしれませんね。

 この絵に描かれた二人ですが、一見すると年の差夫婦か父娘に見えるのですが、実際は夫婦でも親子でもありません。実はウッドの妹ナンと彼の歯科医だったバイロン・マッキービーなる人物をモデルとした描かれたもの、つまりセットアップされた作品だったのです。ウッドがこういった農民や田園風景を主題にしていたのは、アメリカの伝統的価値観を表現しているとも、時代遅れを揶揄しているとも言われていますが、その真意は明らかになっていません。ただエドワード・ホッパーのような都会派の画風とはかなり趣が異なり、どちらかといえばフランスの素朴画家として知られるアンリ・ルソーのようでもあるその丁寧に描かれた画風は、都会生活や前衛的なモダニズム運動から距離を置いたがゆえに生まれた独特のスタイルだったということは言えるかもしれません。

 聞くところによると、ウッドの絵画スタイルに大きな影響を及ぼしたのは、15世紀のフランドル派を代表する画家であるヤン・ファン・エイクだったそうですが、超絶的ともいえるファン・エルクの技巧の精密さからするとウッドの絵は技術的には劣るものの、前述の『アメリカン・ゴシック』は確かにある夫婦の結婚式の様子を描いたファン・エイクの傑作『アルノルフィーニ夫妻像』からの影響が感じられるのです。ともかく、経済恐慌のあおりを受けた当時の暗い社会的混乱の中で、自然やものの豊かさに対してのアメリカの伝統的な価値感に対するウッドの眼差しが感じられ、この画家が生きた当時のアメリカの暮らしぶりをもっと知りたくもなってしまうのです。

Illustration: Sander Studio

『Grant Wood’s Studio: Birthplace Of American Gothic』(Prestel Pub)代表作『アメリカン・ゴシック』を中心に、彼の作品や人間性について紹介する一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。