河内タカの素顔の芸術家たち。カルメン・エレーラ — This Month Artist: Carmen Herrera | Art | & Premium (アンド プレミアム)

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This Month Artist: Carmen Herrera / August 10, 2020 河内タカの素顔の芸術家たち。
カルメン・エレーラ

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カルメン・エレーラ / Carmen Herrera
1915- / CUB,USA
No. 081

キューバのハバナに生まれる。父親は新聞会社の創設者で母親はそこの記者という家庭環境の影響か、8歳のときから美術のプライベートレッスン、そして14歳のときにパリに留学するなどの英才教育を受ける。そして帰国後にハバナ大学で建築を学んだことが、その後の彼女の人生に大きな影響を及ぼす。夫の故郷であるニューヨークに移り住み、1950年代から幾何学的な絵画を制作するも発表の機会を持つことなく長い年月が過ぎる。2015年にエレーラの日常を追った『The 100 Years Show』という短編映画も制作され、2017年にはホイットニー美術館での個展を102歳で開催して大きな話題となった。

105歳にして現役の女性アーティスト

カルメン・エレーラ


 ドイツにバウハウスが開校したのが1919年。今から101年前のことだったわけですが、それよりも少し前に生まれ、そして今も現役で絵を描き続けている女性アーティストがニューヨークにいます。彼女の名前はカルメン・エレーラ。1915年5月31日にキューバの首都ハバナに生まれ、1953年からニューヨークを拠点にしながら、現在にいたるまで抽象絵画を描き続けている、なんと105歳にして第一線で活躍中のアーティストなのです。

 エレーラの作風は、簡単に言ってしまうとエリスワース・ケリーに代表されるハードエッジの抽象画です。比較的大きなサイズのキャンバスに、緻密に計算されたシンプルな幾何学パターン、そして目がさめるような色彩のコントラストが強烈で、エレーラの作品を初めて見たとき、若い世代の画家によるものだと錯覚してしまうほど現代的な感覚が漲っていて、それがまさか一世紀も生きてきた画家が描いたものだとは信じがたかったほどです。

 実を言うと、ほんの10年前までこの画家はほとんど無名に等しかったのですが、2017年に約20年ぶりとなった個展で注目を集めると、同年の秋にはホイットニー美術館で大規模な展示が開催され、アート界でも広く知られるようになったのです。その時の展覧会カタログを見ると確かに、「なぜ今までこの画家の存在を知らなかったのだろう」と思わざるを得ないほどの面白さで、晩年に評価されたソール・ライターのことが脳裏をよぎり、こういった復活劇が絵画の世界でも起こるんだなぁと感慨深く思ったものです。

 カルメン・エレーラはハバナ大学で絵画でなく建築を学び、やがて英語教師としてニューヨークから赴任していた男性と知り合い結婚したことで、彼女の人生は劇的に変わっていくことになります。夫妻はまずニューヨークへ、それからパリにも住み、その滞在中にバウハウスやカジミール・マレヴィッチ、ピエト・モンドリアンやテオ・ファン・ドーズバーグといった画家たちの作品を知ることとなるのですが、シンプルな形状に切り詰めたような彼らの高度な絵に触発され、自身もまた形と色による幾何学的な作品を制作するようになっていくのです。

 そして、37歳の時に再びニューヨークへ舞い戻ると、そこでマーク・ロスコやバーネット・ニューマンといった名高い抽象表現主義画家たちとも知り合うのですが、「女性であるという事実を受け入れたくなかった」とのちに語っているように、女性画家というだけで当時のアート界からはまったく評価されなかったようです。これに関しては、ポロックを妻として支え続けた画家のリー・クラスナーも同じような境遇にいたのを思い起こしますが、エレーラの場合、スペイン語圏出身者ということが輪をかけてのハンディーキャップだったとも語っています。

 エレーラの絵は純粋な幾何学絵画であるものの、その一方で街に存在する建築物や自然の形状から間接的に引用されているが大きな特徴です。そのため、正確に比率を割り出し、規律ある線を引くために様々なツールを使用するのですが、そういった過程に若い時に建築の訓練を受けたことが発揮されているのは疑いありません。彼女の大胆すぎるほどシンプルな幾何学絵画は、明快に描かれる色のブロックと、画面に漲るエネルギーによって、観るものを一気に引き込むほどの並々ならぬ磁力が感じられるのです。

 人知れず半世紀以上にも渡ってコツコツと制作されていたエレーラの作品ですが、考えてみれば日の目を見ない可能性も十分にあったわけで、ゆえに彼女のスタジオから外の世界へと運命的に運び出され、そして高い評価を得るほどになったのはなにか感慨深いものがあります。しかし彼女にしてみれば、「おやおや、やっと今ごろになって」という気持ちもあったはずですが、ともかく自分が描きたいもの、信じるものをひたすら追い続けてきたこの画家の精神力の強靭さに、誰もが感動してしまうのではないかと思うのです。

Illustration: SANDER STUDIO

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『Carmen Herrera: Lines of Sight』(Whitney Museum of American Art)2016年にホイットニー美術館で開催された展覧会の図録。1948年から1978年までの彼女の初期のキャリアを初めて追った一冊。同美術館のディレクター、ダナ・ミラーがカルメンについて考察したエッセイも収録。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した新刊『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版。