SUBURBIA 橋本 徹
March 25, 2016 今月の選曲家 橋本徹
Mar. 25 – Mar. 31, 2016
Saturday Morning

瑞々しく清々しい春の歌。ひばり(ラーク)のさえずりのようにキュートな歌声と、軽やかにリズムを刻む風通しのよいアコースティック・ギターが、春の訪れを祝福するような。リンダ・ルイスはカリブ海にルーツを持つ英国の女性SSW、何の混じり気もない純粋無垢で自由奔放な感性が息づく自然体の音楽。光の季節、そよぐ風の匂いを感じて、この曲の軽快なテンポに誘われ、子供のころ好きだったキャンディーズの「微笑がえし」や松田聖子の「チェリーブラッサム」を口ずさんでしまったら、もうすぐ桜も満開。マイルス・デイヴィス「Springsville」の高らかなフリューゲルホーンのように伸びやかな気分で、来週は気心の知れた仲間たちと花見に出かけますよ。
アルバム『Lark』収録。
アルバム『Lark』収録。
Sunday Night

春が来ましたね。向田邦子が水羊羹にいちばん似合うと愛したミリー・ヴァーノンの「Spring Is Here」を思い浮かべましたが、あれは少しアンニュイな歌。古いスタンダードでは、リッキー・リー・ジョーンズも歌った「Spring Can Really Hang You Up The Most」もそうですね。日曜にちなんだ曲なら、ケニー・ランキンの名演が忘れられない「Sunday Kind Of Love」も実は恋の憂鬱を歌ったものでしたが、ここでは3週間前にEBTGでご紹介したベン・ワットが、我が青春のアルバム『North Marine Drive』以来31年ぶりに発表した2014年のソロ作から、再出発と希望と愛の歌を。来日公演でこの曲が歌われたときは、グッと来てしまいました。サン・ラの名曲に倣うなら、スプリングタイム・アゲイン。ステンカラーのコートを颯爽と着こなすポール・ウェラーに敬意を表すなら、ヘッドスタート・フォー・ハピネス。もう一度あんな気持ちで夢を形にして。
アルバム『Hendra』収録。
アルバム『Hendra』収録。
『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ 』 好評発売中。

March 18, 2016 今月の選曲家 橋本徹
Mar. 18 – Mar. 24, 2016
Saturday Morning

陽光の中、鳥の歌を聴き、自由について思う。雨よ、降らないで。今の俺の気持ち。──黒いボブ・ディランとも言われる詩人ギル・スコット・ヘロンの音楽は、そのカッコ良さに惹かれて好きになりましたが、いつの間にか最も沁みる歌声になりました。数えきれないほどたくさんある彼の名曲の中でも、これはポジティヴな歌、そしてピースフルで柔らかなグルーヴ。震災でしばらく音楽を聴くような気持ちになれなかった頃、ある朝ふと口ずさんだのがこの曲でした。タフで優しい、あのレイモンド・チャンドラーがフィリップ・マーロウに語らせた台詞のような音楽。もし気に入ったら、続けてコープランド・デイヴィス・グループのその名も「Morning Spring」も聴いてみてください。春の朝、貴方はもう立派なFree Soulファンです。
アルバム『Pieces Of A Man』収録。
アルバム『Pieces Of A Man』収録。
Sunday Night

僕は春の鳥が好きなんだ。君はどう?──チェット・ベイカーのように憂愁を帯びた“Feeling so blue”な歌い口に、甘い言葉が溶けだしてゆく。シックでラウンジーな心地よさと前衛的でハイブリッドなセンスが絶妙のバランスで両立する21世紀のスタンダード、カナダはトロントのアヴァン・フォーク/ジャズ系シーンの重要バンドによる知る人ぞ知る名盤ですが、1930〜50年代の古いジャズにインスパイアされた、ロマンティックな情趣と洒落た言い廻しに心動かされる名曲群は、夢と現実のあわいをたゆたうような叙情と陰影をまとっています。中でもこの曲は、春の宵に口ずさんでいると、“fantasy”と“reality”という響きにビーチ・ボーイズ「Disney Girls」の歌詞も脳裏をよぎり、失われたアドレセンスに涙腺がゆるんでしまう、心の柔らかい部分を締めつけられるラヴ・ソング。過ぎ去りし日々へのノスタルジアやほのかなセンティメントが滲んだ愛のささやきが胸を打ちます。
アルバム『Plays The Stephen Parkinson Songbook』収録。
アルバム『Plays The Stephen Parkinson Songbook』収録。
『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ 』 好評発売中。

March 11, 2016 今月の選曲家 橋本徹
Mar. 11 – Mar. 17, 2016
Saturday Morning

春の足音が少しずつ近づいてくるようにリズムが動きだす。まどろむようなエレピに、朝カーテンを開けて、部屋が新しい光に満たされてゆくように、透明感のあるメロウな女性ヴォーカルが広がる。美しいハイトーン・ヴォイスの持ち主デニース・ウィリアムスは、スティーヴィー・ワンダーのバック・コーラス隊ワンダーラヴの一員でしたが、EW&Fのモーリス・ホワイトと僕の大好きなチャールズ・ステップニーのプロデュースによるこの名作でソロ・デビュー。ミスト・シャワーのような清涼感あふれるコーラス・ワークにヴァイブとホーンが彩りを添えるこの曲は、“Free Soul”というネイミングの由来のひとつでもあります。しっとりとたおやかな浮遊感が心地よい「Free」は夕暮れから夜に聴く、という方も多いでしょうが、最近の僕は土曜の朝に。素敵な休日の始まりを約束します。夜の帳が下りたら『Ultimate Free Soul 90s』収録のシャンテ・ムーアによるシルキーで艶のあるヴァージョンをどうぞ。
アルバム『This Is Niecy』収録。
アルバム『This Is Niecy』収録。
Sunday Night

春の歌といえば思い浮かべる、NYの女性SSWローラ・ニーロの名曲。モノクロの肖像画にイヤリングだけ淡い紅に染められたジャケットも印象的なオリジナルも素晴らしいのですが、『Free Soul ~ 2010s Urban-Jazz』に収めたビリー・チャイルズというジャズ・ピアニストが彼女に捧げた香り立つように崇高なカヴァーを。息を呑む歌声は今をときめくエスペランサ・スポルディング、馥郁たる響きの絶品のソプラノ・サックスはウェイン・ショーター。イントロのピアノから時を止めるような美しさで、オリエンタルなメロディーを典雅に引き立てるハープなど弦楽器を中心にした清らかなオーケストレイションも、透き通るような音の純度にうっとり。歌詞に耳を傾けていると、異国情緒あふれる春の一日を描いた短編映画を観ているようで、柔らかな風や立ち昇るチャイナ・ティーの湯気にも春がささやきかけてくるのを感じます。プロデュースはラリー・クライン。ビリー・チャイルズは今月末、このローラ・トリビュート来日公演もあるので楽しみ。
アルバム『Map To The Treasure』収録。
アルバム『Map To The Treasure』収録。
『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ 』 好評発売中。

March 04, 2016 今月の選曲家 橋本徹
Mar. 04 – Mar. 10, 2016
Saturday Morning

早春。この季節、休みの朝は「公園をゆっくり歩きながら、冬から春へと移ろいゆく風景を眺めていると」と歌いだされるこのメロディーを口ずさみ、駒沢公園を散歩しています。大好きなユージン・マクダニエルズの書いた曲、メロウ・グルーヴの代名詞のような。ビターなリリシズムを感じさせる彼の作風には珍しくロマンティックな歌。マリーナ・ショウ/ロバータ・フラック/メタ・ルースといった愛おしいジャズ〜ソウルの女性ヴォーカル名演もいいですが、やはり色気のある男性ヴォーカルを。吐息のように、ファルセットをまじえて歌うディアンジェロ。中毒性の高い、クール&ストイックなグルーヴ。それは水瓶座のソウル・ミュージック。歌詞の一節のように、「レストランでキャンドルの灯りに手をとりあう」週末の夜を期待して、愛のためいき。
アルバム『Voodoo』収録。
アルバム『Voodoo』収録。
Sunday Night

さようなら日曜日。翳りゆく部屋で、ほのかな春の予感と共に、優しくたおやかな、少し切ない歌声に耳を傾ける。EBTGはトレイシー・ソーンとベン・ワットの夫婦デュオ。大学でお互い自主制作でレコードを作っていて、それが同じインディー・レーベルから出たことで知り合い、やがて恋に落ち、一緒に音楽をやっているうちに結ばれた二人。そうした人生の年輪が刻まれた、人肌の温もりを感じさせるアコースティックなサウンドと、Go-Goを下敷きにしたゆるやかなミディアムのグルーヴ。この曲を収めた『Idlewild』は、“ささやかな幸福”感を湛えたアルバムで、ザ・スミスの『The Queen Is Dead』も手がけたCaryn Goughによるアートワークも素敵ですね。トレイシーがベンに捧げた愛の歌「Apron Strings」も、そんなささやかな幸せを照らす素晴らしいラヴ・ソングです。
アルバム『Idlewild』収録。
アルバム『Idlewild』収録。
『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ 』 好評発売中。

SUBURBIA 橋本 徹

編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。〈サバービア・ファクトリー〉主宰。渋谷の〈カフェ・アプレミディ〉〈アプレミディ・セレソン〉店主。『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』『音楽のある風景』『Good Mellows』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは290枚を超える。USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作。著書に『Suburbia Suite』『公園通りみぎひだり』『公園通りの午後』『公園通りに吹く風は』『公園通りの春夏秋冬』などがある。2016年最初のCDリリースは『Ultimate Free Soul 90s』。