日本の美しい町を旅する。
山形を旅して知った、肥沃な盆地と実直な人が織りなす豊かなもの。後編July 14, 2024
その土地でしか味わえない食や、ものづくりに出合うことは、旅における大きな楽しみのひとつ。さらに、その町に暮らす人たちが織り成すカルチャーに触れられれば、より一層、旅の思い出が心に刻まれるもの。訪ねたのは県庁所在地の山形市と近隣のエリア。市街地から電車に5分も乗れば田畑が広がり、果樹や米といった農業が盛んなことを実感する。「一見どこにでもあるようなものに見えても、実はクオリティが素晴らしいんですよ。山形は」と話す、デザイン事務所〈アカオニ〉代表の小板橋基希さんと町を歩いた。この記事は山形を旅した後編です。前編はこちら。
24の写真で辿る、美しい暮らしのある町・山形。
The Guide to Beautiful Towns_山形
山形の人は"厳しい"。だからいいものに溢れる。
「山形を中心に各地の作り手とタッグを組んで、食品やプロダクトのパッケージ、エディトリアル、WEBサイトなどを手がけるデザイン事務所〈アカオニ〉。職業柄、必然的にこの町の魅力と向き合ってきた代表の小板橋基希さんは、実は群馬県出身だ。「高校でスキー部だったこともあり、蔵王のパウダースノーを滑りたかった」という理由で、山形に新設されて間もなかった東北芸術工科大学に進学。それから30年が経った。
「東北の冬は想像以上に寒くて、結局スキーは1年でやめちゃいました(笑)。しかも僕は出身が群馬の田舎町だし、山や田畑に囲まれた山形の風景にそこまで魅力も感じていませんでした。だけど暮らすうちに『お米がおいしい』『山が美しい』『水がきれい』という身の回りにある当たり前のことが、実は素晴らしく、価値あるものだと気づいたんです」
スーパーにはいつだって地物が並び、山菜やきのこに、スイカ、ラ・フランス、柿などの果物が季節をつぶさに知らせてくれる。
「特に意識していなくても、いまおいしいものがわかる。旬がとても身近にある暮らしです」
雄大な自然と豊かな農作物に加え、第二次世界大戦で戦禍を免れた山形市には、大戦前に竣工した建物が点在している。今回案内してくれた『山形県郷土館「文翔館」』『山形市郷土館(旧済生館本館)』『山形市立第一小学校旧校舎(現やまがたクリエイティブシティセンターQ1)』などのモダン建築が大切に残されているのだ。
「今でこそ地方が面白いといわれますが、僕が学生の頃はなにかと東京の動きを追いかけるような時代でした。ただ山形から東京までは、新幹線が通った今でも3時間弱。この程よく遠い距離感のおかげで、世の中の流行りにあまり影響されてこなかったのだと思います。また山形の人は、自分たちがつくるものの品質に自信を持っている。だから面白いものや、ローカル色の強いものが純粋な形で受け継がれてきたのでしょうね。外から見ると少しへんてこなものもあるかもしれません(笑)」
小板橋さんのいう“山形人らしさ”を象徴するエピソードがある。今回薦めてくれた店のひとつ、『ヨネトミストア』を営む大江健さんと新商品を開発したときのこと。セーターの新ブランド〈THIS
ISASWEATER.〉の立ち上げに際して、当初はセーターの王道的なアイテムを複数作る予定だった。
「でもつくりにこだわっていくうちに大江さんが『納得いくものができないので、1型だけにします』と言い出して。最もベーシックな型だけ残して、そこに力を集中したんです。糸にはフレンチメリノウールとカシミヤをブレンドしたり、縮絨加工をしたりと試行錯誤を繰り返した結果、これまでにない上質でシンプルなセーターが完成しました。この一見するとなんでもないセーターだけでのブランドスタートに、すごく反響があったんですよ。そのとき、『これが本気のものづくりなのか』と知りました。数よりも質。この精神が、〈米富繊維〉の社員全体に浸透しているのも素晴らしい」
また、コーヒー豆の焙煎・販売を手がける『オーロラコーヒー』に「カフェも併設したら?」と勧めたことがある。しかし店主の大杉佳弘さんは「大切なのは焙煎だから」と、首を縦に振らない。
「頑固かと思いきや、一方で豆の自販機を設置するという柔軟性もある。やるべきことを貫き、そのうえで楽しんでいる姿勢を感じる」と、小板橋さんは振り返る。
「ワイン生産地として知られつつある山形で、創業100年を超える『タケダワイナリー』にも足を運んでほしい。酸化防止剤無添加で、体に染みる優しい味わいの『サン・スフル』など、ここの味を求めるファンは世界中にいます。『オリエンタルカーペット』も数々の名建築に絨毯を敷き込んできた歴史ある工房。『山形緞通』として皆川明さんや〈ヤエカ〉と協業し、住宅用絨毯を提案しています」
全国的には、山形といえば米や酒、果物かもしれないが、それ以外にもこの土地でしか生まれない魅力的なものに満ち溢れている。
「素晴らしい作り手たちに共通するのは、絶対的な品質第一。それはきちんと守りながらも、意匠を加えたり、新しいアイデアを取り入れたり、もっと面白くできる方法は積極的に受け入れようとする土壌があるんです」
反対に、と小板橋さんが続ける。「山形の人は良いものを知っているからクオリティに“厳しい”。流行っていても見た目がよくても、中身が伴わなければ認めない。だからなんでもないように見えるものでも、よく観察すると素晴らしい。そのことに気づくと、町を巡るのがぐっと楽しくなりますよ」
小板橋基希 〈アカオニ〉代表
1975年群馬県生まれ。グラフィックデザインを中心としたクリエイティブチーム〈アカオニ〉を束ね、山形で”アカるく、すなオニ”営業中。郷土品や食材、各地の日用品を扱う『この山道を行きし人あり』の運営も担う。
山形駅までは、東京駅からは東北新幹線で約2時間40分、山形空港からはバスで約35分。市街地は徒歩で巡るのがおすすめ。『山形緞通』などのある山辺町へはJR左沢線、『タケダワイナリー』などが構える上山市にはJR奥羽本線で。ただし本数は1時間に1〜3本の時間帯もあるため、車で巡るのが便利。
photo : Ayumi Yamamoto illustration : Junichi Koka