日本の美しい町を旅する。

山形を旅して知った、肥沃な盆地と実直な人が織りなす豊かなもの。前編July 13, 2024

その土地でしか味わえない食や、ものづくりに出合うことは、旅における大きな楽しみのひとつ。さらに、その町に暮らす人たちが織り成すカルチャーに触れられれば、より一層、旅の思い出が心に刻まれるもの。訪ねたのは県庁所在地の山形市と近隣のエリア。市街地から電車に5分も乗れば田畑が広がり、果樹や米といった農業が盛んなことを実感する。「一見どこにでもあるようなものに見えても、実はクオリティが素晴らしいんですよ。山形は」と話す、デザイン事務所〈アカオニ〉代表の小板橋基希さんと町を歩いた。この記事は山形を旅した前編です。後編はこちら

Landscape_在来線が向かう市街地に現れる、明治大正の洋風建築。

Landscape_在来線が向かう市街地に現れる、明治大正の洋風建築。
蔵王、月山、朝日連峰などの麗しい山々を遠くに望み、近くには里山。緑に染まる風景が囲む町には、明治期の山形県令・三島通庸の近代化構想に端を発する洋風建築が立ち並ぶ。 背景の蔵王に映える水色の車体はJR左沢線。山形市と山辺町の間にて。
Landscape_在来線が向かう市街地に現れる、明治大正の洋風建築。
JR仙山線が走り抜けるのは、「山寺」として知られる宝珠山立石寺のふもと。
Landscape_在来線が向かう市街地に現れる、明治大正の洋風建築。
大正5(1916)年竣工、市街地のシンボルである『山形県郷土館「文翔館」』(山形市旅篭町3−4−51)。かつて県庁舎と県会議事堂だった重厚な姿を残す。
Landscape_在来線が向かう市街地に現れる、明治大正の洋風建築。
明治11(1878) 年、県立病院として建設された『山形市郷土館(旧済生館本館)』(霞城町1−1)は、宮大工たちが西洋を模した”擬洋風建築”。

Craftwork_『山形緞通』と『ヨネトミストア』で、どこまでも真摯なものづくりに触れる。

Craftwork_『山形緞通』と『ヨネトミストア』で、どこまでも真摯なものづくりに触れる。
山形市の北西、山辺町は繊維産業が発展してきた地域。1935年に創業した『山形緞通/オリエンタルカーペット』(東村山郡山辺町山辺21)では今も、手織りの絨毯が製作されている。 織り子の足元から糸を重ねる。一日の進捗は縦にわずか数㎝。
Craftwork_『山形緞通』と『ヨネトミストア』で、どこまでも真摯なものづくりに触れる。
タテ糸にウールのヨコ糸を絡め、指先で結び、カットする。みなが作業に没頭する静寂な工房では、糸を切るかすかな音だけが響く。この日は、創業期より図案を受け継ぐ「えびかずら宝相華」が織られていた。
Craftwork_『山形緞通』と『ヨネトミストア』で、どこまでも真摯なものづくりに触れる。
2022年、老舗ニットファクトリー〈米富繊維〉の店舗としてオープンした『ヨネトミストア』(東村山郡山辺町山辺1136)。シンプルを極めた一着から独創的なデザインのものまで並ぶラインナップは、「確かな技術と品質が下支えしている」と小板橋さん。 〈米富繊維〉の代表で、この店を仕掛けた大江健さん。「町からショップが消えゆく今こそ地元の人に来てもらい、ニットを着てほしい」
Craftwork_『山形緞通』と『ヨネトミストア』で、どこまでも真摯なものづくりに触れる。
壁に刻まれた創業者の言葉。店のコンセプトとして受け継ぐ。

Culture Spot_かつての学び舎が生まれ変わり、書店やギャラリーが集う『Q1』に。

Culture Spot_かつての学び舎が生まれ変わり、書店やギャラリーが集う『Q1』に。
市街地の中心に1927年に設立され、閉校してからも”旧一小”の愛称で親しまれていた山形市立第一小学校旧校舎。2022年、登録有形文化財である建物をリノベーションし、『やまがたクリエイティブシティセンターQ1』(山形市本町1−5−19)として作り手やショップが会する新たな拠点に。 工事を最小限に抑えた外観は、実に学校らしい意匠。初訪問でも懐かしさがこみ上げる。
Culture Spot_かつての学び舎が生まれ変わり、書店やギャラリーが集う『Q1』に。
「1−B」にテナントとして入居する『ペンギン文庫』は、仙台を拠点とする移動式本屋の実店舗。「山形や東北をキーワードに、書籍やローカルのZINEなども紹介しています」とは、店主の山田絹代さん。各地を巡りながら出合った著者やクリエイターの本も仕入れる。

Food_ 芋煮、そばに並ぶソウルフード。『エンドー』が進化させるげそ天。

Food_ 芋煮、そばに並ぶソウルフード。『エンドー』が進化させるげそ天。
山形の食といえば、とローカルの人々が揃って薦めてくれたのが『エンドー』(山形市長町2−1−33)。昭和40(1965)年から営業する町のスーパーでありながら、小板橋さんが「その枠組みをとっくに飛び出している」と話すように、名物はイートインのげそ天だ。日本海で獲れたスルメイカを米油で揚げ、衣はサクサク、中はふっくら。油が軽く、箸が止まらない。 スーパーマーケットとして、鮮魚や惣菜も販売するほか、リキュールや果汁ジュース、乾麺などお土産も見つかる。左が3代目の遠藤英則さん。
Food_ 芋煮、そばに並ぶソウルフード。『エンドー』が進化させるげそ天。
げそ天は全11種のフレーバーの多さも魅力。塩レモン、ピンク(紅生姜)ともに小¥440。筋子と鮭、げそ天のおむすびの三兄弟セット¥990。

The Guide to Beautiful Towns_山形

山形の人は"厳しい"。だからいいものに溢れる。

「山形を中心に各地の作り手とタッグを組んで、食品やプロダクトのパッケージ、エディトリアル、WEBサイトなどを手がけるデザイン事務所〈アカオニ〉。職業柄、必然的にこの町の魅力と向き合ってきた代表の小板橋基希さんは、実は群馬県出身だ。「高校でスキー部だったこともあり、蔵王のパウダースノーを滑りたかった」という理由で、山形に新設されて間もなかった東北芸術工科大学に進学。それから30年が経った。

「東北の冬は想像以上に寒くて、結局スキーは1年でやめちゃいました(笑)。しかも僕は出身が群馬の田舎町だし、山や田畑に囲まれた山形の風景にそこまで魅力も感じていませんでした。だけど暮らすうちに『お米がおいしい』『山が美しい』『水がきれい』という身の回りにある当たり前のことが、実は素晴らしく、価値あるものだと気づいたんです」

スーパーにはいつだって地物が並び、山菜やきのこに、スイカ、ラ・フランス、柿などの果物が季節をつぶさに知らせてくれる。

「特に意識していなくても、いまおいしいものがわかる。旬がとても身近にある暮らしです」

雄大な自然と豊かな農作物に加え、第二次世界大戦で戦禍を免れた山形市には、大戦前に竣工した建物が点在している。今回案内してくれた『山形県郷土館「文翔館」』『山形市郷土館(旧済生館本館)』『山形市立第一小学校旧校舎(現やまがたクリエイティブシティセンターQ1)』などのモダン建築が大切に残されているのだ。

「今でこそ地方が面白いといわれますが、僕が学生の頃はなにかと東京の動きを追いかけるような時代でした。ただ山形から東京までは、新幹線が通った今でも3時間弱。この程よく遠い距離感のおかげで、世の中の流行りにあまり影響されてこなかったのだと思います。また山形の人は、自分たちがつくるものの品質に自信を持っている。だから面白いものや、ローカル色の強いものが純粋な形で受け継がれてきたのでしょうね。外から見ると少しへんてこなものもあるかもしれません(笑)」

小板橋さんのいう“山形人らしさ”を象徴するエピソードがある。今回薦めてくれた店のひとつ、『ヨネトミストア』を営む大江健さんと新商品を開発したときのこと。セーターの新ブランド〈THISISASWEATER.〉の立ち上げに際して、当初はセーターの王道的なアイテムを複数作る予定だった。

「でもつくりにこだわっていくうちに大江さんが『納得いくものができないので、1型だけにします』と言い出して。最もベーシックな型だけ残して、そこに力を集中したんです。糸にはフレンチメリノウールとカシミヤをブレンドしたり、縮絨加工をしたりと試行錯誤を繰り返した結果、これまでにない上質でシンプルなセーターが完成しました。この一見するとなんでもないセーターだけでのブランドスタートに、すごく反響があったんですよ。そのとき、『これが本気のものづくりなのか』と知りました。数よりも質。この精神が、〈米富繊維〉の社員全体に浸透しているのも素晴らしい」

また、コーヒー豆の焙煎・販売を手がける『オーロラコーヒー』に「カフェも併設したら?」と勧めたことがある。しかし店主の大杉佳弘さんは「大切なのは焙煎だから」と、首を縦に振らない。
「頑固かと思いきや、一方で豆の自販機を設置するという柔軟性もある。やるべきことを貫き、そのうえで楽しんでいる姿勢を感じる」と、小板橋さんは振り返る。

「ワイン生産地として知られつつある山形で、創業100年を超える『タケダワイナリー』にも足を運んでほしい。酸化防止剤無添加で、体に染みる優しい味わいの『サン・スフル』など、ここの味を求めるファンは世界中にいます。『オリエンタルカーペット』も数々の名建築に絨毯を敷き込んできた歴史ある工房。『山形緞通』として皆川明さんや〈ヤエカ〉と協業し、住宅用絨毯を提案しています」

全国的には、山形といえば米や酒、果物かもしれないが、それ以外にもこの土地でしか生まれない魅力的なものに満ち溢れている。

「素晴らしい作り手たちに共通するのは、絶対的な品質第一。それはきちんと守りながらも、意匠を加えたり、新しいアイデアを取り入れたり、もっと面白くできる方法は積極的に受け入れようとする土壌があるんです」

反対に、と小板橋さんが続ける。「山形の人は良いものを知っているからクオリティに“厳しい”。流行っていても見た目がよくても、中身が伴わなければ認めない。だからなんでもないように見えるものでも、よく観察すると素晴らしい。そのことに気づくと、町を巡るのがぐっと楽しくなりますよ」

小板橋基希 〈アカオニ〉代表

1975年群馬県生まれ。グラフィックデザインを中心としたクリエイティブチーム〈アカオニ〉を束ね、山形で”アカるく、すなオニ”営業中。郷土品や食材、各地の日用品を扱う『この山道を行きし人あり』の運営も担う。

小板橋基希
 
Access
 
Nagato Access Map

山形駅までは、東京駅からは東北新幹線で約2時間40分、山形空港からはバスで約35分。市街地は徒歩で巡るのがおすすめ。『山形緞通』などのある山辺町へはJR左沢線、『タケダワイナリー』などが構える上山市にはJR奥羽本線で。ただし本数は1時間に1〜3本の時間帯もあるため、車で巡るのが便利。

photo : Ayumi Yamamoto illustration : Junichi Koka

Pick Up 注目の記事

Latest Issue 最新号

Latest Issuepremium No. 132暮らしを楽しむ、手仕事と民芸。2024.10.19 — 960円