日本の美しい町を旅する。

圧倒的な自然に囲まれた奄美で、島の文化に触れる。前編July 27, 2024

その土地でしか味わえない食や、ものづくりに出合うことは、旅における大きな楽しみのひとつ。さらに、その町に暮らす人たちが織り成すカルチャーに触れられれば、より一層、旅の思い出が心に刻まれるもの。訪れたのは、本州とは気候も植生も異なる南の島、奄美大島。そこでは古くからサトウキビを原料とした黒糖が作られ、バラ科の植物シャリンバイによる泥染めを施した大島紬といったものづくりの歴史がある。アパレルの草木染めなども手がける『金井工芸』の金井志人さんが、奄美市を中心とした北部の町の楽しみ方を伝授。この記事は沖縄を旅した前編です。後編は7月28日更新です

Landscape_『2つの海が見える丘』から、東シナ海と太平洋を一望する。

Landscape_『2つの海が見える丘』から、東シナ海と太平洋を一望する。
標高約130m。加世間峠頂上付近のビュースポット『2つの海が見える丘』(大島郡龍郷町赤尾木)からの眺め。左は東シナ海、右には太平洋が望め、その名前の通り、2つの海を一望できる。くびれた部分は赤尾木集落になっていて、それぞれの海の間は徒歩で約10分という近さ。「天気が良ければ太平洋側に、サンゴ礁が隆起してできた喜界島を見ることができます。奄美の地形がわかるユニークな眺望だと思います」と、金井志人さん。午前中は逆光になるため午後に訪れることをおすすめ。特に看板があるわけではないが、車を数台、停められるスペースがある。パラグライダーのランチャー台があるが、危険なため、ロープの外には決して出ないように注意。

Culture Spot_様々なジャンルの人が行き交う、『金井工芸』の工房とギャラリー。

Culture Spot_様々なジャンルの人が行き交う、『金井工芸』の工房とギャラリー。
ギャラリースペース。予約なしでも訪問可能。奄美の作家の作品も並ぶ。
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工房。下で火を焚き、600㎏のシャリンバイを大きな釜で煮出している。地下水を使用。

シャリンバイの煮汁と泥田を使う奄美の泥染めは、1300年以上の歴史がある大島紬の絹と糸を染める技法。大島紬発祥の地といわれる龍郷町にある『金井工芸』(大島郡龍郷町戸口2205−1)の金井さんは、それだけでなく自身の作品づくりや、アパレルや異業種からのオーダーも受け、天然染色の新しい世界を切り拓いている。併設のギャラリーではイベントや展示会が行われ、島内外や海外からも人が集まり、ハブ的な役割を果たしている。事前予約にて染色体験も実施。

Craftwork_島の木の特性を生かした、『ウッドワークス キュウ』の木工。

Craftwork_島の木の特性を生かした、『ウッドワークス キュウ』の木工。
店名のキュウは球の意味。球各¥3,000、皿¥5,000~。
Craftwork_島の木の特性を生かした、『ウッドワークス キュウ』の木工。
ショールーム兼工房。右手に旋盤が置かれた工房がある。

実家が材木店だったという木工作家の今田智幸さん。奄美の高校を卒業後東京へ進学し、数年間働いた後、約10年前に帰島。そのタイミングで『ウッドワークス キュウ』(奄美市名瀬和光町25−7)をスタートした。材料はシャリンバイやガジュマル、琉球黒檀など、奄美に自生する木のみを使っている。「僕はこの形を作りたいというより、木を削っている工程が好きなんです。なんともいえない美しい木目が出てきたり、肌触りが変わってきたり。その木の特性に合わせて、形を決めて作品に仕上げています」と、今田さん。

Food_ 漁港ならではの新鮮な刺身を『番屋』でほおばる。

Food_ 漁港ならではの新鮮な刺身を『番屋』でほおばる。
大きなガジュマルの木が目印。
Food_ 漁港ならではの新鮮な刺身を『番屋』でほおばる。
マダ汁付き海鮮丼¥1,650。ミズイカ、アカマツ(白身)などがたっぷり。

番屋漁港の目の前に位置。50年以上もこの地で食事処を営む漁師料理『番屋』(大島郡龍郷町龍郷8−2)は、昼どきともなると地元の人で大賑わい。名物のマダ汁付きの海鮮丼は、日によってネタが変わる。「島料理というと野菜や肉、魚といろいろな食材を使うのですが、ここは魚介だけを扱っています。僕が子どもの頃からあって、懐かしい気持ちにも。他に類似した店がないので作家さんや東京からの友人を連れていくと必ず喜ばれるし、また行きたいと言ってくれます。とびきり新鮮で量も多いので、満足できると思います」と、金井さん。

The Guide to Beautiful Towns_奄美

Uターン世代による、ものづくりの機運に注目。

2021年に徳之島、沖縄県北部および西表島とともに、世界自然遺産に登録された奄美大島。ブルーの羽が美しい鳥、ルリカケスやアマミノクロウサギなど、この地域独自の動物も生息する、大きな自然に包まれた亜熱帯の島だ。

今回の旅の目的地は、島北部。奄美空港からのアクセスも便利な、島の中心エリアである。

東京や大阪からの直行便も運航している奄美空港に降り立つと、ムンとした湿気に体が包まれる。空港から市内に向かう国道沿いにはサトウキビ畑が続き、山や森の緑の濃い匂い、潮を含んだ風が“南の島に来た”という、ワクワクする気分を盛り上げてくれる。

そんな自然豊かな島を案内してくれたのは、伝統的な染色技法である泥染めをはじめとした、天然染色を行う『金井工芸』の2代目、金井志人さん。工房のある龍郷町と、その町を取り囲む奄美市に点在するカルチャーの発信地をガイドしてくれた。

金井さんは、奄美の魅力を一言でいうなら「深い気配」だという。そのひとつが人と自然とのつながり。台風の通り道としても知られ、人の力ではとうていコントロールできない圧倒的な自然が常にそばにあるといった、ある種、根源的な環境でもある。

「最近はあまりありませんが、僕が子どもの頃は台風で家の屋根が飛ぶなどは普通にありました。毒ヘビのハブもいますし、自然のなかに人がいるのが日常なのかもしれません。でも、役割もきちんとあって、台風が来ることで海水が撹拌され、サンゴが生きやすい環境がつくられているんです。染めでも水や植物、泥といった自然のマテリアルを使うので、それらに何かしら影響はあると思っています。停電したり、船が動かせなくて物流がストップしたりなど、不便もあるけれど、そういった厳しい自然環境が生み出した文化が根付いている。なので島の人は、自然をありのまま受け入れているし、共存するといった感覚のほうが生活しやすいのかもしれません」

自然とともにある暮らしから生まれるもの。その背景を知ることも、より旅に深みを与えてくれる。

「そのきっかけとして島の人との出会いを楽しむのもいいですね」

ただ、金井さん自身、その奥深さに気づいたのは、一度島外に出てからだという。

「僕らの世代は島に高校より上がなかったので、大多数の人が一度、島の外に出るんです。僕も音楽の勉強をしに、東京へ出ました。『ウッドワークス キュウ』の今田智幸さんも同級生で、東京に行っていた仲間。戻ってきてから島の木を使った木工作品を作り始めました。これまで奄美では木工をする人がほとんどいなかったので、今後も楽しみ。彼もまた、東京で過ごしたことで、島の良さを再発見したのではないでしょうか」

他にも農園直営のジェラート店『ラフォンテ』の店主や、この地域初のビーントゥバー『ネサリチョコレート』を立ち上げた店主も、奄美出身ながら、東京など首都圏で働いてから島に戻り、自身の店をスタートしている。

「いったん外に出たのは、僕にはいい経験で、島をより俯瞰して感じることができたと思います。U/Iターン、それぞれの個性がこの島で混じり合っていく可能性が今の奄美にはあると思います」

一方で、島独自の文化を伝えるスポットが多く残っているのも、旅に欠かせない魅力となる。

「食事処としてすすめたい『番屋』は、昔なじみの店。いわゆる島料理といわれる店は多いのですが、海鮮をメインに提供しているところはなかなかない。漁港の前にあり、漁師料理という、水揚げされたばかりの魚を中心に新鮮な魚介を食べさせてくれます。ここで、絶対に食べてほしいのがマダ汁。イカスミを使ったお味噌汁で、奄美の郷土料理になります。真っ黒な見た目ですが、クセや臭みがなく、さっぱりと飲めます。他にも黒糖を作っている工程も見学できる『水間黒糖製造工場』など、ここだからこそ体験できる、味や風景も堪能してほしいです」

また、移住して、真鍮を使ったインテリアを作っている金工の〈千 sen〉や、手仕事の品も扱うショップ『パラダイスストア』、今年4月にオープンした『ニャド』などもあり、クラフトに対する注目が徐々に高まってきている。

「長い間、大島紬と黒砂糖に注力していたからか、実はそれ以外のものづくりや手工芸を扱う店ってまだそれほど多くないんです。でも、これだけ自然が身近で材料も豊富と、ものづくりに適した環境がある。なので、何かを生み出す人が増えていると思います。自然遺産だけでなく、その自然がつくり出す奄美の文化に触れると、より楽しめる旅になると思います」

金井志人 染色人

1979年生まれ。高校卒業後、東京へ。25歳で奄美にリターンし、天然染色工房『金井工芸』を継承。アパレルやクリエイターとコラボレーションしながら、伝統工芸の枠におさまらない、染色の可能性を探究する。

林 悠介
 
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Nagato Access Map

奄美空港へは羽田、成田、大阪、福岡、鹿児島、沖縄より飛行機が発着。東京からは約2時間20分。鹿児島市と沖縄本島のほぼ中間に位置する奄美大島の面積は約720㎢。大きく分けて北部、中部、南部に分かれる。北部の中心である名瀬には、奄美市の人口の8割が集まっているという。島内の移動手段は車。

photo : Sachie Abiko illustration : Junichi Koka edit & text : Wakako Miyake

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