河内タカの素顔の芸術家たち。

喪失感や不在について考察を巡らせる ソフィ・カル【河内タカの素顔の芸術家たち】January 10, 2025

Sophie Calle

ソフィ・カル Sophie Calle
1953- / FRA
No. 135

パリに生まれ、10代の終わりから7年もの放浪生活を送ったのちに26歳でパリに戻る。1980年から作品を発表し始め、他者の声や姿への探求心を原点に、インタビューや自分の人生を素材に、写真と文字を組み合わせた作品で知られるようになる。ロンドンのテート・ギャラリーやパリのポンピドゥーセンターでの展覧会のほか、第52回ヴェネツィアビエンナーレのフランス代表のアーティストに選出される。近年ではパリ狩猟自然博物館(2017年)、マルセイユの5つの博物館(2019年)、パリのピカソ美術館(2023年)の各館で個展を行う。2024年の第35回高松宮殿下記念世界文化賞の絵画部門を受賞をした。

喪失感や不在について考察を巡らせる
アーティスト、ソフィ・カル

 ソフィ・カルはフランスで最も有名な現代アーティストのひとりであり、日本でも人気の高いアーティストです。美術大学での教育は受けていなかったものの、写真や映像、テキストを用いて、人生や日常の出来事をアート作品として昇華させることで知られています。最初期の作品である『眠る人々』(1979)は、見知らぬ人を自宅に招き、自身のベッドで眠る様子を撮影し、それにインタビューを加えるというものでした。他にもヴェネチアのホテルで実際にメイドとして働きながら宿泊客を観察し続けた『ホテル』(1981)、路上で拾ったアドレス帳に書かれていた人々にいきなり連絡しインタビューした『アドレス帳』(1983)といった一風変わった作品を提示するアーティストです。

 カルの作品は、自身の記憶や追体験することによって、彼女のプライベートな感情や行為を視覚化するという、一般的には「コンセプチュアル・アート」と呼ばれる芸術作品です。写真は基本カル自らが撮ったもので、添えられるテキストも彼女の手記や日記、手紙などから抜粋されたものです。それゆえ鑑賞者たちは、作品がフィクションなのかノンフィクションなのかも分からないまま、カルが体験したことや記憶を追うように自分の心の中で思いを巡らすこととなり、自分にも起こる得る出来事のような錯覚を抱いてしまう人もいるはずです。

 今回の東京の三菱一号館美術館での展示は、コロナ禍で延期されたため4年越しの実現となりました。同館では初めてとなる現存作家の展覧会なのですが、カルの多くの作品に通ずる「不在」をテーマに、過去の代表作品からのセレクションに加えて、同館が所蔵するオディロン・ルドンの大作パステル画『グラン・ブーケ(大きな花束)』に着想を得た新作を含む約40 点が展示されています。すでにいなくなったという消失感を覚えるような展示作品の中でも、特に不在というテーマがわかりやすく表れているのが、空っぽの額縁の前に立つ人の写真とともに、この額縁に「何が見えますか?」と問いかけたテキストを添えた『あなたには何が見えますか』(2013)です。

 このシリーズは、アメリカ東海岸の都市ボストンにあるイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館から1990年に盗まれたフェルメールの『合奏』、レンブラントの『ガリラヤの海の嵐』や『自画像』などの3点、ドガのドローイング5点、マネの『トルトニ亭にて』(残念なことにこれらの盗難作品のすべてが今も見つかっていません)の作品が、かつてその絵が展示されていた壁に額縁だけが今も掛けられていて、空っぽの額装に直面した時の人々の気持ちや感情を言葉にして、額装と観客の後ろ姿を撮った写真とともに並べたのです。

 他にも「なぜなら…」から始まるテキストが刺繍されたウール布が写真作品の額装を覆った『Parce que』(2018)は、見るものに問いかけるような短い文章を読んだ後、その布をめくると現れる写真と向き合うことで、言葉から受けるイメージをカルが見た風景と重ね合わせるという、静寂感漂うポエティックなものです。一方、両親の死と飼っていた猫の死にまつわる『Autobiographies (自伝) 』は、カル自身が陥った深い喪失感が主題になっていて、亡くなったペットのために購入した小さな棺桶、亡くなった後に父親の携帯電話に電話をかけた時のことがジョセフ・コーネル風の箱型の作品で語られていて、親やペットの死を体験したものであれば思わず感情移入してしまいたくなる作品です。

 この『なぜなら』や『自伝』の他にも、目が見えない人々に「美しいと思うもの」を訊ねる『盲目の人々』(1986)、自分の失恋による痛みを写真や言葉で表現した『限局性激痛』(1999–2000)など、テキストと写真が融合して初めて成立する作品は、当然ながら彼女の母国語であるフランス語でのテキストの読解力が重要な鍵となっています。そのため、それらをじっくりと浸るように読み、さらに自分の頭の中で反復しないことにはこのアーティストの意図とすることが伝わらないはずです。ということで、もし今回の展覧会に行かれるのであれば、是非とも会場にある日本語訳をじっくりと読み込み、その上でイマジネーションを膨らませながら一点一点をご覧になることをおすすめします。

Illustration: SANDER STUDIO

『「不在」―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル』展公式図録兼書籍(青幻舎)。ソフィ・カルの代表作を収録し、本展に出品されているソフィ・カル作品の日本語訳全文が掲載されている。世界的現代アーティストへの理解が深まる一冊。

展覧会情報
「再開館記念『不在』 ―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」
会期: 開催中 ~2025年1月26日まで
会場: 三菱一号館美術館
住所: 東京都千代田区丸の内2-6-2
https://mimt.jp/ex/LS2024


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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