河内タカの素顔の芸術家たち。
アイデアとプロセスを重要視した ソル・ルウィット【河内タカの素顔の芸術家たち】January 10, 2026

ソル・ルウィット Sol LeWitt
1928 - 2007 / USA
#146
コネチカット州ハートフォード生まれ。1949年にシラキュース大学で学び、朝鮮戦争中に韓国と日本で米兵として従軍。NYで建築家I. M.ペイの元、グラフィックデザインに従事し、その時のドローイング経験が後の制作に生かされることになる。1960年代半ばから白い格子状の立方体を用いた「ストラクチャー(構造体)」に見られる、グリッド、あるいは数学や言語によって定義された幾何学的な形状や線によるパターンを様々な配置に並べた作品を制作した。自身のアイデアを共有するために50冊以上の本を作品として出版し、NYに『Printed Matter』というアーティストブックに特化した書店を、ルーシー・リパードたちと創設したことでも知られる。
アイデアとプロセスを重要視した
ソル・ルウィット
ソル・ルウィットは20世紀後半の現代アートシーンを塗り替えた美術家であり、ミニマル・アート、およびコンセプチュアル・アートの先駆者として知られています。コンセプチュアル・アートとは、簡単に言ってしまえば物質的な完成品よりも、その背後にあるアイデアやプロセスを重要視するアートのことです。コンセプチュアル・アートの源流となったとされるのが、「レディメイド」や概念としての芸術を追い求めたマルセル・デュシャンなのですが、ルウィットが最初にこの言葉を意識的に使い始めると、60年代後半以降のアートの主流となっていき、現代のアーティストたちもなおこの流れを汲む制作を行なっていたりするのです。
「アイデアだけであっても芸術になりえる」と提唱したルウィットは、最終的にどんな形になろうとも、まず頭の中のアイデアから出発しなければならないという信念を抱いていました。また、たとえテキストだけであったとしても、それが思考のプロセスを示すものであれば、作品と同じくらい重要であると考えていました。そんなルウィットの制作の仕方はユニークで、「ウォール・ドローイング」と自ら呼んだ代表的な壁画作品は、自身が作成した詳細な指示書に基づき、他者がそれを元に制作するというプロセスをとっていたのです。
この方法は平面と立体の両方において行われ、感情といった個性を排除し、誰が描いても一定のルールの下で成立するといった前例のない表現を追求しました。業者や外部に発注することで自らの手作業を残さなかったアーティストといえば、同世代のドナルド・ジャッド、あるいは蛍光灯を使ったダン・フレイヴィンもいたわけですが、ジャッドやフレイヴィンがコンセプチュアル・アーティストと呼ばれなかったのは、コンセプトはもちろん重要だったものの、やはり物質的な側面や展示空間を重要視した芸術だったからなのでしょう。
ルウィットの幾何学的構造の線画や壁画は、描く場所が変わるたびに形状やパターンを自由に変幻させるのも際立ったところでした。例えば、1971年の『ウォール・ドローイング#118』は、壁に50個の点をランダムに配置し、それぞれの点をすべて結ぶ線のみで構成するというものなのですが、ルウィットからはそれぞれの点を壁全体に均等に分散するという指示があったものの、点の位置は現場で決めて良いというものでした。
そして実際に描く作業はルウィットが「ドラフトパーソン」と呼んだスタジオアシスタントと現地クルーの共同作業によって行われ、恒久的に残されるものもありましたが、そのほとんどは展示期間が終わるとあっさりと塗りつぶされました。それでも比率と寸法さえ守りさえすれば、別の場所でまったく同じものを再現することも許可していたのです。ルウィットが現場に立ち会わないこともしばしばあり、例えば、東京国立近代美術館が購入した作品*1のように、ルウィットが亡くなった後も、世界中のさまざまな場所で制作され続けているものがあります。このウォール・ドローイングは、1967年から現在にいたるまで1,300以上とも言われるほど数多く制作され、今回の東京都現代美術館の展示でも6つの素晴らしい作品*2を観ることができます。
ルウィットは制作のプロセスを記録するという目的で、日常的にドローイングを行っていたことで知られるのですが、彼のドローイングやテキストから生まれる作品は、意外にもシンプルな発想や着想、あるいは直感的に生まれたものばかりです。そこにはアイデアを広く共有するという意図があったわけですが、完成作品の良し悪しや出来栄えに対してもわりと柔軟だったそうです。それはルウィットが、アートとはつまり「なにかを発見するための行為」だと考えていたからだと思うのです。ルウィットの考え方や制作の仕方は、アイデアやコンセプトに重きをおくライアン・ガンダーといった現代のアーティストたちに影響を及ぼしているばかりか、コンセプトと実際の作品との関係といったアートの根幹についても、見る者に様々な問いを投げかけてくれるのです。
*1《ウォール・ドローイング #769》のこと。黒く塗られた壁に白いチョークを使って約90×90cmの矩形をひとつの単位とし、矩形の中に16種類の円弧、直線、非直線が2つずつ組み合わされた120通りのパターンによって構成される。
*2 ルウィット・エステートから三人のドラフトパーソンたちが来日し、日本で雇われたドラフターたちとともに数週間かけて制作された。しかし、今回の6つのウォール・ドローイングも例外に漏れずすべて展覧会後に消されることになっている。

『ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー 展覧会公式図録』(株式会社マイブックサービス)代表作であるウォール・ドローイングや立体作品などを収録した全160ページの記録集。作品写真と解説を通じてルウィットの芸術思想を紹介する。
展覧会情報
「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」
会期:2026年4月2日まで開催中
会場:東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1
ウォール・ドローイング、立体・平面作品、アーティスト・ブックなど、ソル・ルウィットの広範な仕事を検証する、日本の公立美術館における初の回顧展。
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/LeWitt/
文/河内 タカ
高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。




























