河内タカの素顔の芸術家たち。
ミニマリズムを追求した家具デザイナー ポール・ケアホルム【河内タカの素顔の芸術家たち】Poul Kjærholm / August 10, 2024
ミニマリズムを追求した家具デザイナー
ポール・ケアホルム
デンマークの家具デザイナーであるポール・ケアホルムの展示が、パナソニック汐留美術館で行われています。約50点の展示作品の多くは、北海道在住の椅子研究家・織田憲嗣氏のコレクションで構成されており、照明を落とした仄暗い空間にある低めの什器の上に、ケアホルムの椅子とテーブルが整然と置かれています。芸術品と言っても過言でないケアホルムの家具を見せるのに理想的な演出であるのですが、この絶妙な会場デザインを行ったのが織田氏の北海道東海大学の教え子でもある田根剛氏で、東京の帝国ホテルの建て替え (2036年完成予定) の建築家に選定されたことでも注目されているパリ在住の建築家です。
「どの角度から見ても美しく見える造形を生み出した」と言われるケアホルムは、母国デンマークにおいてハンス・J・ウェグナーやフィン・ユール、そしてアルネ・ヤコブセンと並ぶ特別な存在としてファンも多いはずです。また、ケアホルムの家具は『PK-22』や『PK-38』というように番号が付けられているため、ファンからはイニシャルの「PK」として親しまれています。今回の展示は、世界に少数しかない珍しい椅子やテーブルに加え、現地の劇場で使われていた一本脚の椅子などかなりマニアックなものも含まれていて、北欧家具やデンマークデザインが好きな人にとってまさに垂涎ものの展示となっています。
シャープで直線的な作品で知られるケアホルムの代名詞が、精巧なスチール成型のフレームを使った椅子とテーブルです。確かに金属のイメージが強いケアホルムですが、 実は若くして家具職人に弟子入りして木工技術を身につけ、21歳からの約2年間はハンス・J・ウェ グナーの事務所で椅子作りの技能を学んだという経歴を持っているのです。しかし「スチールが木と同様、家具の素材となりえる」と当時から確信していたようで、長年のパートナーとなるアイヴァン・コル・クリステンセンとともにスチールやステンレススチールの試作を繰り返し、やがて生まれたのが名作と誉れ高いラウンジチェア『PK-22』であり、その椅子には精度の高いスチール成型技術がいかんなく発揮されていました。
スチールの使用に関しては、ミース・ファン・デル・ローエの『バルセロナチェア』の影響があったことは本人も認めているのですが、ケアホルムの椅子はミースのものに比べて座面が低めになっているのが異なるところです。しかも硬質な見た目からは想像できないほど座り心地が良く、そこには木材の材質美や機能から得た経験が生かされているのは言うまでもありません。今回の展示では、5脚の異なる名品に座ることができる部屋が設けられ、同館所蔵のジョルジュ・ルオーの絵画を鑑賞しながら「座ること」に集中できるため、それぞれの椅子にじっくりと座り比べられることをお薦めします。
そういえば、今回のコレクションを提供された織田氏とお話しをして興味深かったことがいくつかありました。まず、ケアホルムが片脚が少し短かいという後天的なハンディキャップを背負っていたこと。1970年代にイームズの家具制作で知られるハーマン・ミラーが米国でケアホルムの家具を短期間ながら販売していたこと。そしてミニマリズムを極めるべく素材と構造へ極端なほどこだわり、ミリ単位で計算された厳格なデザインであったことなどです。あと、妻で建築家のハンネが設計したケアホルム邸の寝室に、ハンネが日本で買い求めたという大量の下駄と草履が飾ってあって驚いたというエピソードなども面白かったです。
日本の美術館で初となるケアホルムの展示ですが、デンマークの家具デザインには見られなかったミニマルで硬質のフォルムを世に送り出したケアホルムの真髄を、今回の美しく構成された会場で是非とも体感していただいたいものです。
展覧会情報
織田コレクション 北欧モダンデザインの名匠
ポール・ケアホルム展 時代を超えたミニマリズム
会期:2024年6月29日〜9月16日(ただし土・日・祝日は日時指定予約制)
会場:パナソニック汐留美術館
住所:東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/24/240629/