河内タカの素顔の芸術家たち。

リンゴで世界中を驚かせた画家、ポール・セザンヌ【河内タカの素顔の芸術家たち】Paul Cezanne / June 10, 2023


ポール・セザンヌ / Paul Cezanne
1839 -1906 / FRA
No. 115

南フランスのエクス=アン=プロヴァンスにて、富裕な銀行家の父の下に生まれる。エクスの法科大学に入学するも画家を志しパリに出る。初期には厚塗りの粗く強いタッチや暗い色調だったが、ピサロと屋外で制作を共にしたことで、印象派的な光と色調による作風となる。しかし1880年代からは印象派のグループからも離れ、対象を本質的な形態に集約するべく独自の秩序をもった絵画様式を探求した。小さめの筆を使って繰り返されるブラシュストロークと青や灰色を基調とした平面的な色使いが特徴で、キュビスムをはじめとする20世紀の美術に多大な影響を与えた。

リンゴで世界中を驚かせた画家
ポール・セザンヌ

『旧約聖書』において神が最初に創ったとされる人(男性)であるアダム。アダムがいた楽園にはあらゆる種類の木が茂り、中央には「命の木」と「善悪の知識の木」と呼ばれる二本の木がありました。神はアダムに対し、善悪の知識の木の実だけは食べてはならないと命じます。その後、女性であるイヴが創造されますが、ヘビが彼女に近付いて禁断の実を食べるよう誘惑するとイブはそれを食べてしまい、アダムも同じ行為をしてしまいます。神の命令に背いたアダムとイブは、こうして楽園から追放されることになったわけですが、このとき二人が食べた果実がリンゴとされているのです。

 このように、リンゴは聖書の中では「禁断の果実」とされ、ニュートンの万有引力の発見にも、ビートルズが起業したレコードレーベルにも、またお馴染みのアップル社としてのロゴマークとしても登場する象徴的な果物であります。そして、「リンゴひとつでパリを驚かせたい」という名言を残したのがポール・セザンヌという画家でした。リンゴの種類は日本国内で登録されているだけで約180種もあるそうですが、セザンヌもかなりの作品数のリンゴを描いた「リンゴのアーティスト」として知られています。

 ひとつのモチーフに対し「しつこく」かつ「しぶとく」というのがセザンヌの大きな特徴であると僕は思っていて、彼はサント=ヴィクトワール山や周囲の風景だけでなく、自分の妻でさえもとにかく執拗に繰り返し描いていました。それは単に物を写実的に描写するというレベルではなく、その物自体の本質的な形や構図というものを洞察するために行っていたようなのです。そんなセザンヌがもっとも力を注ぎ、そして西洋絵画の流れに革新をもたらしたのが、驚きに満ちたリンゴの絵だったというわけです。

 セザンヌの描いたリンゴ、それはただ果物を描いた静物画ではありません。そもそもセザンヌ自身は食べ物としてのリンゴはそんなに好きでなかったという逸話も残っているほどで、彼にとってリンゴとは絵の実験や試行錯誤に最適の素材だったのです。

 セザンヌの絵画の中のリンゴを注意深く観察してみてください。それらは、一見すると無造作に並べられているかのように見えるのですが、実は幾何学的にかなり細かく配置され、さらに一つひとつのリンゴの色も色彩バランスが考え抜かれています。しかも、それはあくまで絵画の中だけで成立するものであり、実際にリンゴを使って再現しようとすると、間違いなくテーブルから転げ落ちてしまうような不自然さがあります。

 セザンヌは、自然の中に存在する幾何学的な規律、または整合性といったものを見つけ出し、それを絵画の中で再構築することを意図していました。いうなれば、「今、自分がなにを考えているか」といったコンセプト性の高い芸術を表現しようした最初の画家だったのです。目の前にあるものをリアルに描写するのではなく、画家自身の思考やコンセプトを絵の中に投影することで、その後の絵画のあり方や可能性を一気に広げていったというか……。だからこそ、セザンヌが描いたリンゴはパリどころか、後に世界中をあっと驚かせることができたわけです。

 さらにいえば、この革新的な絵は、キュビスムを生んだピカソが世に出るための土壌を用意しました。エドゥアール・マネとともにセザンヌが “モダンアートの父”と賞賛されるのはそんな理由があったからです。彼のリンゴの絵の実物に接する機会があったら、是非とも時間をかけてじっくりと観てみてください。そのすごさの裏に高度なコンセプトが感じられるはずですから。

Illustration: SANDER STUDIO

『The World Is an Apple: The Still Lifes of Paul Cezanne』(D Giles Ltd)セザンヌの主要な静物画のほか、彼のひ孫であるフィリップ・セザンヌによる序文と、著名な専門家による4つのエッセイを収録。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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