河内タカの素顔の芸術家たち。
メランコリックな青色に覆われた パブロ・ピカソの原点【河内タカの素顔の芸術家たち】Pablo Picasso / October 10, 2022
メランコリックな青色に覆われた
パブロ・ピカソの原点
キャリアが70年以上と非常に長く、しかも作風が実に多彩だったパブロ・ピカソのことを短い文章で書くのはなかなか難しい。セザンヌに触発されて創始したといわれるキュビスム、写実的な新古典主義に続いてシュルレアリスムへの接近、ナチス・ドイツの爆撃に抗議して描いた大作『ゲルニカ』、そして戦後から晩年まで続けられた「画家とモデル」シリーズに加え、版画、彫刻、陶芸、舞台装置…… その幅広い活動にとにかく圧倒されますが、一般的には極端に変形させた顔や人体を描いたものが、おそらくピカソの代名詞ということになっていると思います。
生涯ほとんど途切れることなく、革新的に創造し続けたピカソでしたが、そのスタートとなったのが「青の時代」という初期シリーズでした。画面全体が青や青緑で覆われていたため、そのように呼ばれるようになったわけですが、色だけでなく描かれたモチーフもかなり“ブルー”であり、娼婦や貧困層など社会の底辺で生きる人々を描いた暗いムードが濃厚に漂うものばかりです。当時のピカソはまだ20歳前後だったのですが、幼少のころから天才と呼ばれ、自身も画家として成功するという野望を抱いて、故郷のバルセロナとパリを行き来していた頃に取り組んだシリーズでした。
すでに将来を有望視されていたピカソが、なぜそのような暗い絵ばかりを描くようになったのでしょう? そのきっかけとなった事件が、親友の画家カルロス・カサジェマスのピストル自殺でした。カサジェマスは絵のモデルになってくれた人妻のジェルメールを好きになるも相手にしてもらえず、ピカソがスペインに一時帰っていた留守の間に、カフェでパーティーを主催し、彼女に思いを告げるもその場でも断られてしまいます。すると、彼女に向けいきなり銃を発砲。幸いそれは外れてしまいますが、その直後に自身のこめかみを撃ち抜き非業の死を遂げてしまったのです。
スペイン時代からの無二の親友を失ったピカソは、その死を食い止められなかった自責の念が重なり、精神的にかなり不安定な状態になってしまいます。そして、深い悲しみと苦悩に直面しながら、貧困、孤独、死など人の負の側面を、様々なブルーを基調として塗り重ねることで、自身のメランコリックな心情を表現するようになっていくのです。しかしながら、その暗いテーマもあってか完成した作品はほとんど売れず、経済的にどん底に近かったピカソの生活はさらに困窮していくことになっていきました。
新しいキャンバスを買うこともままならず、売れなかった作品や未完成作の上に重ね塗りをしたため、この時代の作品の多くに異なるイメージが埋もれていることがやがて知られるようになります。例えば、1902年に描かれた『海辺の母子像』(ポーラ美術館所蔵)には女性像が、そして『酒場の二人の女』(ひろしま美術館所蔵)にはかがんだ横顔の女性が描かれているのが、近年の高度な撮影技術によって確認されています。これまで日の目を見ることがなかったこれらの永遠に埋もれてしまったイメージのことを思うと、今や最も人気のあるシリーズなだけに、若きピカソが苦悩しながらひたすら描いていた様子がより生々しく思い浮かんでしまうはずです。
結局、悩み多き「青の時代」は3年ほど続き、それがピカソ芸術の基盤となっていったのですが、フェルナンド・オリヴィエという恋人ができたことで精神状態が良くなると、自らの気持ちの変化を表現するように、明るく生き生きとした「バラ色の時代」へと移行していくことになります。それはまさに長い冬の後にやっと訪れた春のごとく、柔らかなピンクなど暖色系を使って、恋人や母子像、役者やサーカスの道化師など、穏やかでハッピーなムードが漂うモチーフを描くようになり、苦労を経てのピカソの創作活動は目覚ましい勢いで進化していくことになるのです。
展覧会情報
ポーラ美術館開館20周年記念展「ピカソ 青の時代を超えて」
会期: 2023年1月15日まで開催中
会場:ポーラ美術館
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
<巡回予定>
ひろしま美術館:2023年2月4日〜5月28日
https://www.polamuseum.or.jp/sp/picasso2022/