河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
安西水丸Mizumaru Anzai / July 10, 2021
粋な人柄が反映されたイラストレーション
安西水丸
「イラストレーターになる前に、広告代理店で働いたり、下手な英語でニューヨークで暮らしたり、出版社でエディトリアルデザインを経験したのも、すべてイラストレーションのためだと思っている。つまり、イラストレーションを依頼する側の立場をしっかりと知っておきたかったのだ。今、イラストレーターとして思うのは、自分は実に平凡な形でこの世界に入ってきたということだ。生き方に美しいとかその逆があるかどうかはわからないが、ぼくは自分なりに決めた道を正しく歩んできたとは思っている。」-『イラストレーター 安西水丸』(クレヴィス刊)より抜粋。
「ヘタウマ」と表現される安西水丸のイラストは、そのシンプルさゆえにちょっと手を抜いているようにも見えるかもしれません。しかし、マティスのドローイングを思わせるような表情豊かな線を描くには、そうとう高い技術とセンスが必要だと思うのです。加えて、イメージの選択や配置、それに透明感のある色彩にもいつも感心させられますし、そもそもどの作品も一目で水丸作品であると認識できるというのがすごいところなのです。
ユーモラスで飄々としていて、シュールさや哀愁も潜んでいる独特のイラストは、おしゃれだけど気取らない彼の人柄が反映されているのでしょうか。聞くところによると、あのシンプルなスタイルも、とにかく時間をかけずに質の高い作品がコンスタントに描けるようにと、かなり早い段階で考えられたようで、絵のレベルを上げるために行き着いた結果だったということになるわけです。
安西は1970年代より、小説、漫画、絵本、エッセイ、広告など、多方面で活躍した人気イラストレーターでした。最初は広告代理店や出版社に勤め、20代後半にはニューヨークに数年間住んでいたこともあり、帰国後はデザインの仕事をしながら、嵐山光三郎氏の勧めで『ガロ』に漫画を掲載するようになりました。そして独立後は、村上春樹氏の本の装幀によりさらに幅広く知られこととなり、また文才にも長けていたため、執筆においても旺盛に活躍していました。
そんな安西のイラストを見て感じることは、アーティスト名である「安西水丸」という響きから連想される「粋」を追求していたのではないかということです。例えば、画面を横切る一本の「ホリゾン(水平線)」が入った特徴的な構図や、日本人の感性からしか生まれてこないような独特のゆるさや間(ま)にしても、自身の並々ならぬセンスの良さが表れていますし、彼がずっと尊敬していた和田誠氏の作品と同様に、簡単そうに見えても実は誰も真似できない領域のものだと思うのです。
そういえば、今回の展覧会の図録の帯には「魅力のある絵というのはうまいだけではなくて、やはりその人にしか描けない絵なんじゃないでしょうか」という安西の言葉が添えられています。アメリカのフォークアートや子供が描いたような絵を好み、人形やスノードームや文房具や灰皿や果物といったごく身近にあったものを描いた軽妙なイラストは、確かに「イノセントな感性を大切にしながら、自分にしか描けない絵をずっと追求していた人だったのだなぁ」としみじみ感じいってしまうわけなのです。
展覧会情報
「イラストレーター 安西水丸」展
安西の幼少期から晩年に至るまでの足跡を原画と関連資料600点以上により紹介。
会期: 9月20日(月・祝)まで開催中
会場:世田谷文学館 2階展示室
住所:東京都世田谷区南烏山1-10-10
https://www.setabun.or.jp