河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
和田誠Makoto Wada / November 10, 2021
映画とジャズをこよなく愛したイラストレーター
和田誠
2019年10月に亡くなって以来、いろいろな追悼特集が組まれている和田誠氏。現在、東京オペラシティ アートギャラリーで行われている個展では2,800点にも及ぶ作品がびっしりと展示され、その圧倒的な作品のボリュームにたじろいでしまったのですが、本の装丁やポスター、絵本や広告、挿絵や似顔絵、LPアルバムのカバーや映画やエッセイなど、幅広い分野においてどれも質の高い仕事ばかりで和田ワールドを存分に楽しむことができるはずです。
和田さんといえば映画とジャズが好きな人というのがぼくの個人的な印象だったのですが、それはあながち間違ってはいないと思います。映画に関しては、国内外の数々の映画にまつわるエッセイに加え、3本の作品を監督していました。一方、ジャズにおいては、和田さんが描いたジャズ・ミュージシャンの絵に村上春樹氏のエッセイを加えた『Portrait in Jazz』という本を出版していて、そのどれもが好きでたまらないという感じがよく伝わってきます。
今回の展示物の多くは出力されたデジタル印刷なので、手描きによる作風を楽しむというよりはイラストやデザインそのものを見てもらうという感じになっており、その点においては少し残念であったのですが、驚いてしまったのは「え、これも、そしてこれも和田さんがやったものなの?」という作品がかなりあったことです。その中には会社のロゴマークがあったり、イラストが使われていない広告ポスターなどもあったりで、しかもどれをとっても完成度が高く、そういった膨大な仕事を通して見えてくる和田誠像というのがとても魅力なのです。
和田さんといえば、約40年も続けていた『週刊文春』の表紙イラストが広く知られていますが、その数はなんと約2000点にも及びました。最初に描かれたというエアメールを口にして夜の空を飛んでいる緑色の鳥と、生前最後となった地面に不時着した同じようにエアメールを口にした鳥を描いた作品を見比べてみると、それほど作風が変わってないのは驚くべきことです。言い換えれば、和田誠という人はかなり早い段階で自分のスタイルとボキャブラリーを確立していて、それを生涯高いレベルで継続させたという点において、とても稀有な才能を持った人であったのだと言えるのかもしれません。
今回の展示作品の中で、ぼくは新宿にあった日活名画座のための宣伝ポスターを集めた壁に最も魅力を感じました。オリジナルはすべてシルクスクリーンで一枚一枚刷られたものだったようですが、この仕事のギャラが一切なかったようで、逆にそれが幸いしたのか、かなり自由に実験的な試みがなされており、様々なアイデアを屈指しながら、イラストと文字の組み合わせが目をみはるほど実に素晴らしい出来栄えなのです。
20世紀中期にアメリカで活躍したソール・バスやベン・シャーンといった和田さんのヒーローたちへのオマージュ作品と言ってもいいであろう日活名画座のためのポスターワークは、他の展示壁とは趣が異なるものの、それぞれポスターの完成度の高さと色彩の豊かさが感じられました。もちろん、他の作品もどこを切っても「和田調」というものが感じられるものばかりで、イラストレーターという職業を日本に浸透させた張本人だったと言われてすぐに納得しまったばかりか、多才で魅力的で奥深い人だったんだなぁという感慨に浸ってしまったわけなのです。
展覧会情報
「和田誠展」
会期:10月9日(土)〜 12月19日(日)
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2
※ その後、熊本、新潟、北九州、愛知へと巡回予定。
https://wadamakototen.jp