河内タカの素顔の芸術家たち。

ありのままの世界を見せる写真家 ルイジ・ギッリ【河内タカの素顔の芸術家たち】July 10, 2025

ありのままの世界を見せる写真家 ルイジ・ギッリ【河内タカの素顔の芸術家たち】

ルイジ・ギッリ Luigi Ghirri
1943-1992 / ITA
No.141

イタリアのレッジョ・エミリア県スカンディアーノ生まれ。幾何学を学び1962年に学位を取得、1974年までは測量士として働く。同年にグラフィックアートスタジオを開設後、1977年には出版社プント・エ・ヴィルゴラを共同設立し、翌年『コダクローム』を出版。1980年にNYのライト・ギャラリーにてカラー写真を発表。80年代以降はイタリア北部の建築や風景を主なテーマとして作品を撮り続ける。1990年夏に『モランディのアトリエ』を撮り終えるも、その2年後に心臓発作により急逝した。

ありのままの世界を見せる写真
ルイジ・ギッリ

 イタリアの写真家であるルイジ・ギッリが、長らく謎めいた存在としてその名を知られていなかったのは、主にイタリアのみで活動していたこと、49歳という若さでこの世を去ったこと、加えて作品集が希少で文献も少なかったからでしょう。ところが、カメラの基本から自作の技術、そして写真理論に関する考えをまとめた『写真講義』(みすず書房)が出版されたことに加えて、ロンドンの出版社MACKから未発表作品を含む作品集が続々と出版され、この類まれな写真家の作品と先進性が徐々に日の目を見ることになり、今やイタリア写真の枠を飛び越え、世界的に重要かつ影響力のある一人として評価されるようになったのです。

 ルイジ・ギッリは1943年1月5日に、イタリア北部のレッジョ・エミリア県スカンディアーノ郡フェッレガーラに生まれました。1950年代から60年代にかけて、経済成長と文化的転換の中で青年期を過ごし、次第に芸術への造詣を深めていきます。31歳まで測量士として働き、その後はグラフィックデザイナーとして活動していました。若い頃から写真が好きで、特にウジェーヌ・アジェやウォーカー・エヴァンスに興味を抱いていたようで、イタリアのコンセプチュアル・アーティストたちとの共同制作をきっかけに、1973年より写真の制作をスタートさせます。ウィリアム・エグルストンやスティーブン・ショアを代表とする米国の「ニューカラー」が注目される以前に、ギッリはカラー写真による独自の表現を人知れず探究していたのです。

 イタリアの写真家たちの作品集を出版するために、妻・パオラや友人と共に出版社「プント・エ・ヴィルゴラ」を1977年に設立し、その翌年に自身が撮りためていた写真で構成した初の作品集『コダクローム』を出版します。この本には、空、窓、看板、壁画、ポスター、鏡に映る風景など、その後のギッリのキャリアを特徴づける被写体が多く含まれていました。ギッリは人が作り出した世界における偶然の配置を探し出し、それらをまるでファウンド・フォトモンタージュのようにありふれたものをユーモラスに捉えたのです。このアプローチに関して「僕らが目にするのは、もはや並外れた美しさや崇高さ、あるいは神話的なものでもなく、ただただ平凡で平凡なものということだ」と言及しています。

 タイトルとして使われた“コダクローム”は、イーストマン・コダック社が1935年に発売した世界初のカラーリバーサルフィルムのことで、撮影したフィルムに色や形がそのまま現像される、いわゆるポジフィルムの先駆けとなったものです。ギッリがそもそもカラー作品に取り組んだのは、本人の言葉によれば「現実世界が色彩に満ちているから」で、写真というのは、世界のあるがままの複製ではなく、見られた世界の断片の集合であると考え、写真というのは人の眼差しであることを証明しようとしたのです。

 このように革新的かつコンセプチュアルな写真で知られるギッリですが、個人的に好きな作品が『モランディのアトリエ』というシリーズで、瓶や陶器などの静物を乳白色の色彩によって繰り返し描いたことで知られる画家のジョルジュ・モランディのアトリエを撮影したものです。モランディの没後、制作していたままの状態で長く保たれていたボローニャにあるアトリエを、ギッリが半年にわたって撮り下ろしたものなのですが、長く止まっていた空間をそっと掬い上げたような親密な空気感が漂っていて、モランディの新たな姿を垣間見ることのできる素晴らしい写真群です。

 友人でもあったウィリアム・エグルストンは「彼の写真の多様性にいつも驚かされ、興奮させられる。とても一人の写真家が撮影したとは思えない時すらある」と評価し、映画監督のヴィム・ヴェンダースに至っては「私の机の前には、ルイジ・ギッリの写真が掛かっている。私は彼の写真が好きだ。そして写真と同じくらい、彼が書くものにも心動かされる。ルイジ・ギッリは最後の、真のイメージの開拓者だった。そして間違いなく、20世紀写真の巨匠のひとりだ」と高く賞賛しました。生涯にわたって旅に惹きつけられ、自身がこよなく愛した北イタリアの澄み切った光の下、透明感溢れる風景写真を撮っていたギッリは、カラー写真による実験的な写真表現を探求しながら、時代を一歩も二歩も先取りしていた写真家なのです。

Illustration: SANDER STUDIO

『総合開館30周年記念 ルイジ・ギッリ 終わらない風景 展覧会図録』(東京都写真美術館)現在開催中の展覧会の公式図録。1970年代から晩年にかけてギッリが撮影したイタリアや旅先の風景、アーティストのスタジオ、看板やポスターなど、多様な写真を収録。

展覧会情報
『総合開館30周年記念 ルイジ・ギッリ 終わらない風景』
会期:開催中~2025年9月28日(日)

休館日:月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し翌平日休館)

会場:東京都写真美術館 2階展示室

住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
展覧会会期中、2022年に公開されたルイジ・ギッリの活動をまとめたドキュメンタリー映画『Infinito』を上映。ギッリが撮影する様子の映像、遺族やプリンターなど生前ギッリと交流の深かった関係者のインタビューが含まれている。
https://www.topmuseum.jp


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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