河内タカの素顔の芸術家たち。
斬新な黒と白の世界が衝撃を与えた、フェリックス・ヴァロットン【河内タカの素顔の芸術家たち】Félix Vallotton / December 10, 2022
斬新な黒と白の世界が衝撃を与えた
ヴァロットンの木版画
フェリックス・ヴァロットンの展示が8年ぶりに三菱一号館美術館に帰ってきました。前回は絵画作品が中心となっていましたが、その時にヴァロットンという画家を初めて知った人も多かったのではないでしょうか。そして今回はというと、「黒と白」というタイトルが示すように、ヴァロットンが得意とした墨一色で刷られた木版画に焦点を当てた展示となっており、まさにこの芸術家の真骨頂が堪能できる内容になっています。ヴァロットンの優れた版画作品の中には魅力的な室内画が含まれており、ヴィルヘルム・ハマスホイの室内画などが好きな人にもお勧めできます。
フェリックス・ヴァロットンは、スイスのローザンヌに生まれ、パリに出て名門のアカデミー・ジュリアンで学びました。ルーヴル美術館で遭遇したハンス・ホルバインやアルブレヒト・デューラーやドミニク・アングルなど、ドイツやフランスの超絶技巧を兼ね備えた完成された様式美で知られる絵画の達人たちに魅了されたヴァロットンは、同世代の先進的な印象画の画家たちと異なり、エドゥアール・マネと同じくアカデミックかつ卓越した技法で尊敬された画家たちを好んでいました。
ホルバインとデューラーが残した版画を見ていたことに加え、当時パリを席巻していたジャポニスムの影響もあり(ヴァロットンも浮世絵をコレクションしていたそうです)、20代半ばから木版画にのめり込んでいきました。それがパリの新聞の挿絵として使われ人気を博したことで、自分の方向性も定まり、それからは経済的に苦労することがなかったといいます。ヴァロットンの木版画は、階調のない白と黒の明快で大胆な面画が最大の特徴で、そのアプローチの仕方はエドヴァルト・ムンクの木版画に近く、彼らの先駆的な版画が当時大衆に受け入れられたということがむしろ驚きであるくらいです。
さて、素晴らしい作品が多い今回の展示ですが、その中でも二つのシリーズに会場で目が釘付けになってしまいました。まず『楽器』は音楽家をモデルにした6点の連作で、フルート、チェロ、ヴァイオリン、ピアノ、ギター、コルネットの各奏者が、八割がた黒に覆われた画面にシルエットが浮かび上がるように刷られています。ヴァロットンの友人でもあった音楽家たちをモデルにしたシリーズなのですが、ヴァイオリンとギターの作品は、演奏する姿がほとんど黒に覆われているにもかかわらず、実に音が実際に聞こえてくるような繊細な画面に唸ってしまいました。
そしてもうひとつが、『アンティミテ(親密さ)』と題された1897年から2年間かけて制作された10点組のポートフォリオです。室内における男女を題材にしたこのシリーズは、絡み合うような関係性や互いのエモーショナルな感情を浮き立たせていて、それぞれの黒と白の表現がなんとも絶妙。例えば、窓際に佇む男女を描写している《お金》と題された作品は、右から三分の二は真っ黒な平面にもかかわらず、二人の微妙な心情や駆け引きなどが大胆に表現されていたりするのです。
冒頭でも触れたように、ヴァロットンはつい近年まであまり語られることのなかった画家なのですが、ピエール・ボナールらと共にナビ派に属していたことや、黒一色のスタイリッシュな木版画が注目されるに従い、彼のファンは世界的に増え続けているようです。今回は約180点にも及ぶ貴重な作品が、1894年にジョサイア・コンドルが設計した建物の親密な小部屋に展示されていて、巧みな黒と白のコントラストの世界にどっぷりと浸ることができます。また、それに加えて、展覧会カタログや『アンティミテ』のポストカード・セットも素晴らしい出来栄えなので、是非ともこの機会にヴァロットンの魅力に触れてもらえると嬉しく思います。
展覧会情報
「ヴァロットン ─ 黒と白」
会期:2023年1月29日(日)まで開催中
会場:三菱一号館美術館
住所:東京都千代田区丸の内2-6-2
https://mimt.jp/vallotton2/