河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
上野リチFelice Rix-Ueno / April 10, 2022
京都で活躍したウィーン生まれのデザイナー
上野リチ
上野リチは自身の故郷であるウィーンで日本人建築家の上野伊三郎と結婚し、その後は長く京都を拠点にしながらテキスタイルやプロダクトなどを精力的に手がけていた女性デザイナーです。現在、東京の三菱一号館で開催されている国内初となる包括的な回顧展『上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー』を通じて彼女の存在を知ったのですが、その溢れんばかりのイマジネーションと鋭い色彩センスに心を掴まれ、一気にファンになってしまいました。
上野リチはもともとフェリーツェ・リックスという名前で、19世紀末のウィーンに生まれました。ウィーン工芸学校において著名な建築家でデザイナーとしても知られるヨーゼフ・ホフマンらに学び、卒業後はウィーン工房に入りテキスタイルなどのデザインを行っていました。ちょうどその頃、京都から留学していた上野伊三郎と出会い結婚。33歳の時に夫の故郷である京都へ移住し、夫婦で建築事務所を開設。ウィーン工房所属デザイナーとしてテキスタイルだけでなくさまざまなデザインを手がけていくようになります。
世紀末のウィーンと聞くとすぐに思い浮かぶのが、愛と官能の画家として知られるグスタフ・クリムトと28歳と短い波乱の生涯を送ったエゴン・シーレですが、彼らのようなエキセントリックな作風とは異なり、リチが生み出したものは実用的ながら女性らしい柔らかなセンスがあり、当時のウィーン芸術の奥深さが感じられます。しかも特筆すべきところは、今回の展示物の多くが完成作品としてではなくテキスタイルやプロダクトのデザイン画であって、そのことがなおさらフレッシュに感じられるのかもしれません。
また、大きな戦争や世界恐慌が襲った陰鬱な時代に制作されたものであっても、花や鳥や動物などを用いたパターンは常に遊び心や自由さがあるばかりか、どれもが溌剌とした生命力が息づいているところにも惹かれます。それに加えて、1930年代にデザインした「こけし」などを見ると、和風の題材や素材を取り込みながらもウィーンで育んだ独創性が漲っていて、その点においては同じように日本的な要素を取り入れたフランス人デザイナーのシャルロット・ペリアンに通ずるものがあるように思えます。
そういえば、上野夫妻がそのペリアンとも親交があったドイツの建築家のブルーノ・タウトと関係が深かったことも今回の展示で知りました。伊三郎はタウトを桂離宮や修学院離宮や伊勢神宮などを案内しただけでなく、タウトを通じて井上房一郎(アントニン・レーモンドに自宅設計を託した人物)から群馬県工芸所の初代所長として招かれたりしていて、このあたりの重鎮たちとの繋がりにも興味を抱いてしまいました。
上野リチが亡くなってからすでに半世紀以上も経ったわけですが、彼女のデザインやプロダクトは現代の目で見ても新鮮かつ発見が多いばかりか、どこかアレキサンダー・ジラードのデザインを思わせるミッドセンチュリー的な要素も内包しているように感じます。常に「ファンタジー」を念頭に置きながら、日々の生活を彩るためのデザインを心がけていたようで、ウィーンと京都を跨いだ遊び心に満ちたクリエイティブなリチの仕事は、今後さらに評価されるようになっていくと思うのです。
展覧会情報
『上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー』
会期:2022年5月15日まで
会場:三菱一号館美術館
住所:東京都千代田区丸の内2-6-2
https://mimt.jp/lizzi/