河内タカの素顔の芸術家たち。

光と陰に彩られた早熟のイラストレーター オーブリー・ビアズリー【河内タカの素顔の芸術家たち】March 10, 2025

beardsley

オーブリー・ビアズリー Aubrey Beardsley
1872-1898 / GBR
No. 137

イギリス南部のブライトンで生まれる。16歳でロンドンの保険会社に就職し、独学で絵を描く日々を送る。1893年に『アーサー王の死』の挿絵と装飾で注目を浴び、続くオスカー・ワイルドの『サロメ』の挿絵の仕事で時代の寵児となり、1894年には文芸雑誌『イエロー・ブック』の美術編集者になるもワイルド逮捕の余波を受け翌年に解任される。1896年新雑誌『サヴォイ』を創刊。病が悪化し、カトリック教徒となり地中海沿いの保養地で過ごすも25歳半で死去。成功後も特定の流派に属することもなく孤高を貫き、「自分の目的はただ一つ、グロテスクなことだ。グロテスクでなければ、私は何の価値もない」と語っていたという。

光と陰に彩られた早熟のイラストレーター
オーブリー・ビアズリー

 オーブリー・ビアズリーは19世紀後半に英国に彗星の如く現れ、悪魔的な鋭さを持つペン画で一躍名声を得るも、わずか25歳という若さで亡くなったイラストレーターです。東京の三菱一号館美術館にて現在開催されている、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)と共同企画の「異端の奇才ーービアズリー」展は、最高傑作のひとつとされるオスカー・ワイルドの『サロメ』の挿絵を中心に、挿絵や直筆の素描など約220点によってビアズリーの短くも濃密だった生涯を紹介しています。

 ビアズリーは幼少時に結核の症状が現れ、生涯にわたってその病に度々苦しめられることになります。グラマー・スクールの頃から絵を描き始めるも、家計を助けるために16歳からロンドンの保険会社で働き始めたため、帰宅後の夜間に蝋燭の灯かりのもと絵を独学で描きためていきます。そんなビアズリーの運命を変えたのが、英国の著名な画家、エドワード・バーン=ジョーンズとの出会いでした。姉のメイベルと共にバーン=ジョーンズの自邸を訪れて作品を見せたところ、その場で才能を認められ、画家になるべくウェストミンスター美術学校の夜間クラスに通うことを勧められたのです。

 当時のビアズリーは、バーン=ジョーンズの他に、ラファエル前派の画家ダンテ・ガブリエル・ロセッテイや印象主義時代に活躍したアメリカ出身の画家ホイッスラーに影響を受け、さらにパリに旅行した際には、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックのポスターや当時流行していたジャポニスムにも遭遇します。そしてこの頃からライン・ブロック技法で印刷されることを想定し、広めの余白に選び抜いた輪郭線と限定的に黒を配置してみたり、アール・ヌーヴォーの装飾的なモチーフを取り入れてみたりと、試行錯誤をしながら独自のスタイルを確立していきます。

 そして21歳の時、友人で写真家のフレデリック・エヴァンスを介して知り合った出版業者のデントに依頼されて描いた中世風の絵が気に入られ、『アーサー王の死』全2巻の装飾と挿絵によって本格的にイラストレーターとしての道を歩み始めます。その勢いのまま、今度は美術雑誌『ステューディオ』創刊号に代表作9点と作家論が掲載されると、その鋭く官能的なイラストが注目を集めるのです。その中の1点にオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』からの一場面を独自に解釈して描いた《おまえに口づけしたよ、ヨカナーン》も含まれていました。斬首された頭を持ち上げてほくそ笑む不気味なサロメを描写した衝撃的な絵を目にした別の出版業者から依頼を受け、『サロメ』の英語版の挿絵を描くという大仕事をやり遂げ、それが結果的にビアズリーの生涯のなかで最も創意にあふれた作品となるのです。

 一躍時の人となった21歳のビアズリーは、友人らとともに文芸雑誌『イエロー・ブック』を創刊し、表紙デザインやイラストを多数手がけたことで、大衆にも知られるほどの有名人となります。しかしその栄華は長く続きませんでした。1895年4月5日、ワイルドが同性愛の罪で逮捕されるというスキャンダルが起こり、『サロメ』の挿絵以来ワイルドと一体視されていたビアズリーも世論の非難に晒され(ビアズリー自身は同性愛者ではなかったそうですが…)、『イエロー・ブック』から即刻解雇され経済的にも困窮してしまいます。さらに持病の肺結核が悪化していき、療養先のフランス南部のマントンにて1898年3月16日の夜半に亡くなってしまいました。

 年表を見ながら、短かかったビアズリーの生涯を振り返ると、彼が成功し安定した生活を送ることのできた期間というのは、1893年の『アーサー王の死』の挿絵から『イエロー・ブック』の仕事までのたった2年弱だったということになります。聞くところによると、完成前の作品はごく限られた友人を除いて誰にも見せず、また外光を遮断するために厚いカーテンを閉めきり、昼間でも蝋燭の灯りで描く習慣をずっと続けていたといいます。一時期ながらも大きな成功を手にしたビアズリーは、優雅に装飾した自邸でティーパーティーを開き、お洒落に着こなし、洒脱な振る舞いで友人たちをもてなしていたそうで、彼のそんな自信に満ち意気揚々とした様子を想うと、円熟期へ向かっていた最中に力尽きてしまったことは本当に悔しかっただろうなと切なく思ってしまうのです。

Illustration: SANDER STUDIO

『異端の奇才 ビアズリー展 展覧会図録』(青幻舎)ビアズリーの初期から晩年までの作品を網羅した一冊。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館や本展学芸担当者などによる論文やコラムも掲載。

展覧会情報
『異端の奇才――ビアズリー展』
会期: 2025年5月11日(日)まで開催中
会場: 三菱一号館美術館
住所: 東京都千代田区丸の内2-6-2
https://mimt.jp/ex/beardsley/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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