河内タカの素顔の芸術家たち。

見知らぬ人との相性を探そうとする写真家 アレック・ソス【河内タカの素顔の芸術家たち】December 10, 2024

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アレック・ソス Alec Soth
1969 – / USA
No. 134

ミネソタ州ミネアポリス生まれ。ドキュメンタリー写真の手法を継承しながらも詩的な静謐さを湛える作品によって、写真界のみならず現代美術シーンにおいても高い評価されている。地元のウォーカー・アート・センターでの個展をはじめ、世界各国で展覧会を多数開催。2022年に日本では初の個展を神奈川県立近代美術館葉山で行なった。これまでに25冊もの写真集をリリースし、2008年に「Little Brown Mushroom」という出版やイベントなどを行うプラットフォームを立ち上げた。2008年よりマグナム正会員でもある。

見知らぬ人との相性を探そうとする写真家
アレック・ソス

 写真家のアレック・ソスの作品を最初に見たのは、2004年にNYのホイットニー ・ビエンナーレを訪れた時で、2機の飛行機模型を両手に持って緑のカーゴ服を着た口髭男といった、どこか風変わりな作品が妙に心に残りました。その作品は、ソスが生まれ育ったミネソタ州から遥かメキシコ湾まで流れるアメリカの第2の大河周辺で暮らす人々を撮り下ろした『Sleeping by the Mississippi*』と題された初期のシリーズからの1点で、同名の写真集によってソスの名前は一躍知られるようになったのでした。
 
 当時ソスの写真集を見た者の中には、おそらくロバート・フランクやスティーブン・ショアのロードトリップ的なアプローチや、ウォーカー・エヴァンスやウィリアム・エグルストンなど南部の人々の暮らしに焦点を当てた写真を思い起こす人がいたのではないかと思います。見知らぬ人との相性を見つけることで写真家としてのキャリアを築いてきたと評されるソスは、その2年後に第2弾となる『Niagara』を出版。花嫁姿のポートレートや全裸の恋人たち、モーテルのベッドに2羽の白鳥に見立てたタオルが置かれた何気ないイメージは、どこか切なさやサウダージ感があり、その世界観のファンになった人も多かったはずです。

 現在、東京都写真美術館で行われているアレック・ソスの個展は、彼の30年に及ぶキャリアを「部屋」というキーワードによって6つのセクションに分けて編んでいく構成となっています。いろいろ見どころがあるのですが、個人的にまず最初に目が行ってしまったのが、ソスが尊敬して止まないという4人の写真家たちのポートレートでした。その4人とはスティーブン・ショア、ナン・ゴールディン、ボリス・ミハイロフ、そしてウィリアム・エグルストンで、特にドアの隙間から撮られたエグルストンは、趣味のピアノを前に大手拳銃メーカーで知られるウェンチェスター社の木箱に座り、どこか沈鬱した表情をしており、その1枚には他のどの作品よりもソスの気持ちがこもっていました。これはエグルストンが2017年にリリースした音楽アルバム『Musik』のカバーにも使われたほどなので、敬愛するエグルストンのお墨付きをもらった特別な1枚となったはずです。

 ポツンと絵が掛けられている空っぽの部屋の写真も前々からソスらしいなぁと思っていて、今回も水色に塗られた部屋に女性の肖像画が架けられている初期作品、養子縁組のために赴いた南米コロンビアの首都ボコダで撮られた『Dog Days, Bogota(真夏のボゴタ)』シリーズの犬の肖像画や、21枚の子供のポートレートが飾られた人気のない部屋も印象に残りました。他にもベッドだけを撮った写真、長い髪の毛の性別不明の凛としたポートレート、大量のペーパーバックが棚と床を埋め尽くす作品、そして2022年から続けているというアメリカの美術学校で撮影された『Advice for Young Artists(若いアーティストたちへの助言)』からのアナトミー用の立像や石膏彫像、男性ヌードモデルのいる教室、それと写生用の静物群に紛れ込むようにソス本人が何気に小さく写り込んでいる作品など、これまでになかった照明の仕方や切り口があり、このあたりはもっと見てみたいなと思いました。

 多くの場合、ソスはたった1人で世界各地にさまざまな人を訪ね、その人々が日々を過ごす部屋の中でポートレイトや個人的な持ち物を撮影してきました。彼の写真からは、とにかく時間をかけてじっくりと取り組む姿勢が伝わってくるのですが、聞くところによると人を撮るときは意外にも緊張してしまうのだそうです。人の存在を意識させる部屋をテーマとした今回の展示のきっかけとなったシリーズ『I Know How Furiously Your Heart is Beating* (あなたの心臓がどれほど激しく鼓動しているか知っている) 』は、そのタイトルどおり撮られる被写体たちの心情を指している一方、レンズを覗く写真家自身の胸中も反映されているに違いなく、この写真家の被写体への生真面目な接し方が伝わってくるのではないでしょうか。

* ミシシッピ川をメタファー的に「意識の流れ」と捉えることで、ソスの夢や空想の世界を表しているとされる。

** タイトルはアメリカ人詩人であるウォーレス・スティーブンズ(Wallace Stevens)の詩『Gray Room』(1917)の一節から取られている。

Illustration: SANDER STUDIO

『「アレック・ソス 部屋についての部屋」展覧会図録』(東京都写真美術館)アレック・ソスの初期を代表する『Sleeping by the Mississippi』から今秋刊行予定の最新作『Advice for Young Artists』まで、豊富な作品群を紹介する一冊。

展覧会情報
『アレック・ソス 部屋についての部屋』
会期:開催中〜2025年1月19日(日)
休館日:月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し翌平日休館)、12月29日〜1月1日
会場:東京都写真美術館 2階展示室
住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
http://www.topmuseum.jp/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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