Good for Me 編集部が出合ったベターライフ。
日本のブックデザインの豊かさを再発見させてくれる書店『TIGER MOUNTAIN』。 / 26歳編集者のベターライフを探す旅 #3May 24, 2025
日本のデザインが、時代を超えて繋がる。
私にとって大切なキーワード「ヒト」との関わりから生まれた発見をまとめたこの連載。今回紹介するのは、2025年2月に東京・虎ノ門にオープンした、黒鳥社が運営する書店兼ギャラリー『TIGER MOUNTAIN』です。
棚に並ぶのは、1960〜90年代を中心とした文庫本や雑誌、パンフレットなど。約3,500冊の本が、作家別でも出版社別でもなく、「装丁家」ごとに分類されています。『anan』や『BRUTUS』などのアートディレクションを手がけた堀内誠一さんをはじめ、横尾忠則さん、平野甲賀さん、杉浦康平さんなど、20名以上の装丁家が手がけた本が揃います。
ブックデザインという視点で本を選ぶことに馴染みのなかった私にとって、『TIGER MOUNTAIN』との出合いは、デザインに興味を持つ大きなきっかけとなりました。

トークイベントの中で、主宰・若林恵さんが「デザインは、常に社会背景や思想と結びつきながら発展してきた“運動”でもある」と話していました。
一冊の本を眺めて、文字組みの美しさや、奇を衒った装丁にハッとさせられる瞬間ももちろん楽しいですが、この場所に置かれている本がそれ以上に面白いのは、背景にある時代やデザインの変遷を辿りながら、その時代のデザイナーたちの精神に触れられるところだと思います。
スイスやドイツの洗練されたデザインとは対照的に、当時の日本のデザインはサイケデリックで斬新、そして今では想像がつかないほど自由でした。そこには、作り手たちのパンクのような精神すら感じられます。ページをめくるたびに、「この時代に生きていたかった」と、何度も思います。

たとえば、1960〜80年代は、まだ日本にバーコードシステムが導入されていなかった時代。『TIGER MOUNTAIN』に並ぶ本のほとんどは、裏表紙にバーコードがついていません。
バーコードがないだけで、これほど本としての美しさが保たれるのかと感動すると同時に、今、私たちが日常的に目にしている情報が、どれだけ本の“表情”を奪ってしまっているのかを思い知らされるような感覚にもなります。
広告とデザインが深く結びつく前の本には、日本の出版文化の豊かさを感じる魅力が溢れているのです。
さらに、書籍だけでなく、当時のアーティストのツアーパンフレットもまた、ユニークで見応えがあります。
私が一目惚れしたのは、チェッカーズのパンフレット。
1984年に「ギザギザハートの子守唄」をリリースした時のもので、表紙を含め、全ページが“ギザギザのハート”型に切り抜かれていました。

いくつかのトークイベントに参加する中で、特に印象的だったのが、「デザイナーが領域を横断して活躍する時代に突入しているのではないか」という話です。
ポスターや新聞広告がメディアの主役だった時代に、雑誌文化が大衆に広がり、ブックデザイナーという新しい職能が生まれました。編集者でありながら絵も描き、デザインも行い、ディレクションも手がけていた栃折久美子さんや花森安治さんのように、一人で多くの役割を担う人たちが、その時代のデザインをつくってきたのです。
その後、出版業界の黄金期を迎える中で、それぞれの専門性が磨かれ、エディトリアルやグラフィック、プロダクトなど、デザインの領域は細分化されていきました。
しかし今、「一人のデザイナーが多くを担う」時代が再び巡ってきているのです。デザイナーという役割が明確に定まっていないからこそ、そこに余白があり、多様な背景や才能が自由に発揮される。デザイナーが様々な境界を越えていく動きは、これからますます楽しみですし、そうした一種の“運動”に私は惹かれるのだと思います。
私がここまでデザインの歴史に興味を持つようになったのは、『TIGER MOUNTAIN』で展示を行うデザイナーの方々やスタッフのみなさんが、心から楽しみながら真摯にデザインと向き合っている姿に触れたからです。
「本をつくる人のための書店」とは、まさにこういう場所のことかもしれません。これからも足を運び続けたいと思います。
Shop InformationTIGER MOUNTAIN

住所:東京都港区虎ノ門3−7−5 虎ノ門ROOTS 21 BLDG. 1F
営業時間:12:00〜20:00(日13:00〜18:00)
定休日:月火祝
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Editor 乙辺 さゆり
