&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。
大きい子にも旅をさせよ。海と松原と富士山、そして建築探訪@沼津。 連載コラム : 在本彌生 #4February 25, 2025
沼津に関して御用邸や漁港以外にイメージを持っていなかった無知な私だが、仕事で一度訪れる機会を得て、この土地の居心地の良さにすっかりはまり再訪した。まずここは光が違う。暖かい色の光が海に反射して街を照らしているのだろう、冬の午後の光はほとんどがマジックアワーといった感じで、何を見ても美しい。たまにはこんな場所に来て心と眼差しをリフレッシュさせる余裕が欲しいものだ。
駿河湾をなぞるようにある千本松原の風情はとても日本的なのに、地中海の海辺にもよく似ている。連なる松の枝や尖った葉が、グラフィカルな線を描いてポップな印象で、松原を歩きながらそれを眺めていると、自然の自由やリズムを感じてうきうきする。気候も東京よりもかなり暖か、さすが昔の文人たちが療養地として選んだ場所だ。
富士山を間近に望めるのも素晴らしい。「文学のみち」あたりを歩いていると、ドーンと大きな富士山に見つめられているのを感じて、その大きさにドキッとする。もしもこの街に住んでいたらこんな感覚は持たないのかもしれない、でも富士山のありがたさは余所者にもこんなに強く伝わってくるのだ。
前回来た時に気になった、『沼津市芹沢光治良記念館』に行ってみる。ここに来るまで存じ上げなかったのだが、芹沢光治良氏は明治生まれ沼津出身、パリで学び帰国したのち文学作品を発表した。芹沢氏の足跡や作品にまつわる展示から、沼津との深い関わりが見られる。知らなかった作家とその作品群に出会えたのも土地が導いたご縁。明治から平成までを、日本とヨーロッパを文学で繋いだひとりの作家の生涯に想いを寄せた。記念館は菊竹清訓氏の建築で、海の中をイメージさせる螺旋階段と屋上のテラスの開放感のコントラストが面白い。決して大きな施設ではないがここで過ごしたサンセットまでの時間、松が生い茂る向こうにギラギラと夕陽に光る水面や、ゆっくりと進む小さな漁船を眺めていたら時空をワープするような気持ちになった。
「文学のみち」沿いにある『沼津倶楽部』の日本庭園と建築も素晴らしかった。美しく整えられた庭園を進んで長屋門をくぐると、別世界に足を踏み入れたような気持ちになって心踊る。「茶亭」と名付けられた建物に入ると日本の粋や美意識がそこここに散りばめられていて、あちらを見てもこちらを見てもため息がでる。現在は食事をいただけるダイニングルームとして使われているこの「茶亭」を外から庭木越しに眺めるのも風情がある。銅で作られた水場は時を経なければ出来ない暖かみがありなんともチャーミングだ。茶室の障子ごしに見える松の美しさ、刺しこむ光が作り出す影のラインに日本を感じた。それぞれの部屋から庭を眺めていると窓枠がフレームのように見えてきて、まるで日本画の連作を見るようだった。
edit : Sayuri Otobe
写真家 在本彌生
