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すばらしき「ハトヤ芝居」 その4。 連載コラム : 三浦哲哉 #4January 30, 2025
熱海の旅館「ハトヤ」の名作CM。少年が胸に抱きかかえた魚が、ぴちぴち跳ねてその腕をすり抜ける。これと同様のことを、生きた魚なしで、演者のパントマイムによって再現することを「ハトヤ芝居」と呼ぶ(ことに勝手にしている)。
「ハトヤ芝居」は、うまくはまると、何とも味わい深い。自分でやっているだけなのに、驚きが生まれる。自作自演なのに、予定調和からすり抜ける。これまで、その好例を取り上げてきた。今回が最後。
『エル・スール』(1983)のお父さんのダウジングもすばらしき「ハトヤ芝居」なのではないかと思っていて。
『エル・スール』は、スペインの巨匠ビクトル・エリセの名作。ヒロインのお父さんアグスティンは、謎めいた能力の持ち主である。30センチほどの鎖をおもむろに手から垂らし、集中というか瞑想というか、独特の精神状態に入ると、鎖が勝手に動き出す。「コックリさん」みたいと言えば、私たち日本人にはわかりやすいかもしれない。鎖の動きがお告げとなり、たとえば、どこを掘れば水が出て井戸になるのか、生まれてくる子どもが男の子なのか女の子なのか、などがわかる。
このダウジングの場面、ふと我に返ってしまうと、それ自分で揺らしているだけでしょ、と思える。撮影現場では紛れもなく、俳優オメロ・アントヌッティが自らさりげなくふりふり揺らしているのだろう。でも映画の流れに没頭して見ると、この鎖はひとりでに動き、画面外に広がる世界の気配を微細に反映させているようにしか思われない。この鎖の動きをじっと見ていると、私たちの想像力はありえないほど飛翔してしまう。
edit : Sayuri Otobe
映画研究者 三浦 哲哉
1976年生まれ。福島県郡山市出身。青山学院大学文学部比較芸術学科教授。専門は映画研究。食についての執筆も行う。著書に『自炊者になるための26週』(朝日出版社、2023年)、『ハッピーアワー論』(羽鳥書店、2018年)など。