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作り手の呼吸が感じられる木のスプーン。写真と文:辰野しずか (クリエイティブディレクター、デザイナー) #1March 06, 2026
ステンレスやアルミ、琺瑯、ガラス。素材の選択肢はいくつもあるけれど、日々の食卓で自然と手が伸びるのは木のスプーンです。食べ物の温度をやわらかく受け止め、口に入れたときの当たりが穏やかで、味わいの輪郭を引き立ててくれる。その控えめな佇まいに、いつも安心します。
なかでも十年ほど使い続けているのが、〈大久保ハウス木工舎〉の大久保公太郎さんのスプーン。長野・松本のアトリエを訪ねたときに出合いました。持ちやすさや口当たりの良さはもちろん、削りの線や漆の艶に、作り手の呼吸のようなものが感じられ、気づけば毎日の食事に欠かせない存在になっていました。

昨年、そのうちの一本をなくしてしまいました。買い足そうと考えたとき、ほかのスプーンが思い浮かばない自分に少し驚きました。常々、道具は代替できるものだと思っていたのに、十年という時間が、想像以上の愛着を育てていたのです。手元に残った一本は漆を塗り直してもらい、新たに三本を迎えました。

見比べると、十年前と今とで削りのニュアンスがわずかに違います。長い年月のあいだに手の動きも変わっていて、どちらも美しく、その差異のなかに手仕事の時間が積み重なっているのを感じます。修理から戻った一本は、ほんの少し形が整えられ、わずかに小さくなっていました。
同封されていた紙には「なくなるまで使ってください」とあります。これから何十年、どれほど小さくなるのか。手の中で少しずつ姿を変えていく未来まで想像しながら、長く付き合っていきたいと思う、私にとって特別な存在です。
クリエイティブディレクター、デザイナー 辰野しずか

たつの・しずか/〈Shizuka Tatsuno Studio〉代表。ロンドンのキングストン大学プロダクト&家具科を卒業後、2011年に独立。物事に潜む可能性を見つけ出し、昇華して可視化することを強みとし、実用的な道具から情緒的なオブジェまで領域を横断しながら制作を行う。造形の美しさにとどまらず、ブランドの核となるコンセプト設計や商品企画にも関わり、「ものづくりの軸」を定めた上で表現を組み立てている。プロダクトデザインを中心に、クリエイティブディレクション、展示空間の構成、アート制作へと活動を展開している。


























