&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。

日々、ペンと紙で。 連載コラム : 田中せり #1February 03, 2025

日々、ペンと紙で。 連載コラム : 田中せり #1

 小学生の頃、喘息持ちだった私は、毎日3種類の吸入器を使うのが日課だった。ある日ふと思い立って、3つの吸入器にペンで目と口を描き、名前をつけた。濃厚な味の茶色いボディの「ベコちゃん」、吸入口に大きな穴がある面長の「インちゃん」、発作の時に瞬時に助けてくれる「メプちゃん」。喘息日記にも彼らの絵を描き、3つの吸入器は3人の相棒のような存在となり、それ以来、退屈だった日課が少しだけ愛しいものに変わった。モノを擬人化し、キャラクターとして愛される存在にする手法があると知ったのは、ずっと後のこと。思い返せば、幼い頃の私は今よりもずっと自然に、目の前に与えられたものに工夫を凝らし、自分の生活を少しだけ豊かにすることができていたのかもしれない。

 そういえば、幼少期におもちゃを親にねだった記憶がない。市販のおもちゃやゲームで遊ぶことに無頓着で、家にある紙とペンを使って、いかに工夫をして“遊びを作る”かを考えることに魅力を感じていたのだと思う。正確にいえば、親が驚くのが嬉しくて、それが私の小さな使命だと少なからず感じていた節もある。例えば、紙で洋服やメガネを作ってひとりでファッションショーをしたり、オリジナルのカルタを作って家族と遊んだり。家族の誕生日は、決まって手作りのプレゼント作りで腕を振るう場だったし、姉の提案で家族新聞を発行し、デザインの当番を家族5人で順番に回して続けたりもした。

 小学4年生の頃、そんな私に気の合う2人の友人ができ、3人の遊びはいつも独創的でユニークだった。例えば、将来自分たちが住む10階建てのホテルの設計図を作ったことがある。そのホテルには、友人を招くパーティー会場や植物が生い茂る動物園、確かお化け屋敷もあった気がする。3人それぞれの個室があるフロアは、紙を真ん中に頭を寄せ合いながら部屋の面積をどう分けるかを結構真剣に話し合ったり、自分の部屋のコンセプトをどうするか頭を悩ませた記憶がある。3人の中に役割分担はなく、アイデアを出すのも図面に起こすのもそれぞれが担っていた。小学4年生にとって、空間を上から見た平面図を作るのは少し難易度が高い気がするが、3人が構成やシナリオを考えることに面白みを感じていたから成立していた気がする。その平面図から想像するホテルの景色は、おそらくそれぞれ少しずつ違っていたのだろうと思うと、それもまた面白い。ホテルが完成すると、次は将来自分たちが旅に出るための船の設計図にも取り掛かった。さらに、独自の言語の会話が繰り広げられる恋愛物語の演劇のシナリオを考えたりもした。言語が通じないので私が通訳として朗読をするという構成で、その演劇の公演は3人の家を順番に巡回した。さらには、小学校内の最新恋愛事情を編集した「ラブラブ新聞」を、自分たちが読んで楽しむためだけに発行していた時期もあった。

 流行りのおもちゃやゲームで遊ぶことを選ばず、真っ白な紙から遊びを作り、構想を練る。その目的は、自分たちとその身の回りを喜ばせるためでしかなくて、とてもピュアな企画屋だったのかもしれない。あの頃の自分を羨ましくも思う今日この頃。

edit : Sayuri Otobe


グラフィックデザイナー 田中せり

1987年茨城県生まれ。企業のロゴ開発をはじめ、美術や音楽領域のグラフィックデザインやブランドのアートディレクションに携わる。主な仕事に、日本酒せんきん、小海町高原美術館、本屋青旗、AMBIENT KYOTOなどのロゴデザイン。森美術館「アナザーエナジー展」の宣伝美術。蓮沼執太『unpeople』のアートワーク。羊文学のデザインなど。また、写真の偶発的な現象を扱ったパーソナルワークの発表も行う。

instagram.com/seri_tanaka

Pick Up 注目の記事

Latest Issue 最新号

Latest Issuepremium No. 135部屋と心を、整える。2025.01.20 — 960円