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食パンの偏見。何もいらない、バターもマーガリンも。写真と文:ひらいめぐみ (作家、ライター) #1June 06, 2025

最近、トーストした食パンにちぎったパクチーをのせて、こしょうだけ振って食べるのが自分の中でのブームになっている。
数年前までは食パンを「無味のパン」と思い込んでいた。無味だと寂しいから、バターを塗った。子どもの頃、パンに塗る油と言えばマーガリンで、パンの表面をざりざりと撫でるようにマーガリンを塗るのが好きだった。
ひとり暮らしをするようになり、自分で食材を買うようになると、冷蔵庫の奥でいつのまにか風景になってくるものがわかってくる。そのうちのひとつがマーガリンだった。マーガリンは、パンに塗る以外に出番がない。さらに、マーガリンの親方的存在のバターも冷蔵庫に常備していたことで、弟分のマーガリンはなかなか指名される機会が回ってこなかった。
マーガリンはバターより圧倒的に柔らかくて、パンに塗りやすい。けれども、バターあってのマーガリン。使用頻度を考えて、よく使うものだけを買い足すようになった結果、次第にバターだけを手に取るようになった。マーガリンのようにバターをパンに塗ろうとしてみると、パンとバターが馴れ馴れしい仲になるのにずいぶん時間がかかることがわかった。冷蔵庫から出したばかりのバターがあまりにも固すぎて、食パンにバターナイフがめり込むこともしばしばだった。
それで、ついに私はパンとバターの仲を取り持つのをやめた。トースターで3分、両面をこんがり黄金色になるまで焼いて、そのまま食パンの90度の角を口の中へ放り込んだ。なにも塗っていない食パンは、いつもよりもカサカサしていて、噛みづらい。だんだん口の中で咀嚼物として馴染んできた頃に、気づいた。
無味じゃなかった。味パンだった。
原材料名を見てみると、塩やバター、砂糖が入っているらしかった。つまり、マーガリンやバターを塗るのは、卵にマヨネーズをつけるのと同じようなことだったのだ。
卵にマヨネーズをつける時、もしくはあえる時、私は毎回「なーにやってんだか!」と心の中でげらげら笑っていた。卵に卵をつけちゃってるんだもの。それでいて、三十数年もの間、パンにバターが入っているとも知らずに、真顔でパンにバターを塗ったくっていた。無味じゃないし。バター入ってるし。後で気づいて、恥ずかしくて、情けなくて、パンへ勝手な偏見を抱いていたことを、ものすごく反省した。
パンに味の要素が入っているとわかってから、何度か何もつけずに食べてみたら、やっぱりちゃんと味がした。それ以来、家でパンにバターを塗ることはなくなった。
この原稿の仕上げをしようと、朝いつもより早く起きて、ファミレスへ向かう。
9時半に着くと、モーニングを提供している時間帯だった。メニューを開いて、トーストとスクランブルエッグ、サラダ、ベーコンなどがワンプレートにのったセットを注文する。ほどなくして、“猫ロボット”が料理を運んできてくれた。猫のお腹のあたりにある台からお皿をとり、目の前に置く。
メニューに写真はなかったけれど、白くて大きなお皿には、小さな丸いプラスチックの容器に入ったホイップバターがのっていた。せっかくあるなら、使おうか。
上蓋のフィルムをするりと剥がし、バターナイフでホイップバターを掬い、半分にカットされたトーストの表面に滑らせる。大きく、はむっと、かじりつき、ゆっくり噛み締める。ああ。バターとパンって、なんて合うのだろう。素のパンのおいしさが100なら、バターを塗ったパンのおいしさは150だ。
窓から差し込む自然光が当たって、こんがり焼けた茶色が、てらてらと輝く。理屈も偏見も気にしていないような、凛とした佇まいのトーストを、私は無心に頬張った。
作家、ライター ひらいめぐみ
