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銭湯を継ぐということ。風呂屋・相良政之#1March 04, 2025

『ニコニコ温泉』という会社で、全国の休廃業する銭湯を継承し、新しい価値を付加して再生するという事業を7年間行ってきました。全盛期には24,000軒以上あった銭湯も、今や3,000軒を下回り、毎年廃業が後を絶ちません。
東京の昭島や品川、大阪、長野、神戸と5店舗の銭湯を継承してきましたが、後継者不足や燃料費の高騰などを理由に廃業も多く、新規の開業も少ないため、銭湯は減り続けています。このままでは、いずれ銭湯文化は地方から順に失われてしまうでしょう。
私は銭湯が大好きです。ふらりと知らない土地の銭湯に立ち寄り、常連の方々に交じって湯船に浸かると、その街の雰囲気にどっぷりと浸ることができます。言葉を交わさずとも、互いに配慮し合うような、あの穏やかな空気感がたまらなく好きなのです。
銭湯のない世の中は、私にとっては少し物足りなく、息苦しく感じる。この商売が無くなるのは嫌だなと素直に思っています。
一つでも多くの銭湯を全国に残したい。そんな使命感を抱いて日々風呂を沸かし、次の銭湯を引き継ぐべく全国をまわり続けています。
昨年12月30日に長野県塩尻市にある薪沸かしの銭湯『桑の湯』を継承し、再オープンしました。
4代目店主の桑澤引幸さんから廃業が発表され、既に更地にする計画が進められていましたが、「桑の湯を銭湯として残してほしい」という地域の方々の強い要望もあり、桑澤さんと話し合いを重ねた結果、私たちが経営を引き継がせていただくことになりました。

廃業発表後、営業中の『桑の湯』を初めて訪れた日のこと。暖簾をくぐり脱衣所に入った瞬間、大きく感情を揺さぶられたことを鮮明に覚えています。一目惚れでした。「この銭湯を無くしたくないな」とその時強く感じました。
日々丁寧に手入れされ、飴色に輝く脱衣所や、タイルの隅々まで磨き上げられた浴場には、4代目店主の桑澤さん、先代、先々代の想いが介在していました。
鍵が全て揃った脱衣・下足箱、皺ひとつない暖簾。その細部にまで、風呂屋としての哲学が感じられる空間で「桑の湯のある暮らしをより多くの人に届けたい」そう思わずにはいられない、忘れられない入浴体験でした。

今後30年以上、銭湯として経営を続けられるような事業にする。
最初は根拠の無い自信でしたが、塩尻の街に足を運び、地元の方の話を聞き、算盤を弾く生活を繰り返すうちに、確信が揺るがないものになりました。その後、僕たちは後継者として『桑の湯』を引き継ぎ、今も毎朝5時から深夜1時まで、薪を焚べ続けています。
edit : Sayuri Otobe
風呂屋 相良政之
