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ツアーの合間に、中国ロックと深沢七郎の小説を。写真と文:曽我部恵一 (ミュージシャン) #2October 16, 2025

前略
今、中国・北京にいます。
サニーデイ・サービスの中国ツアーの真っ最中です。
先日、北京にある素敵なレコードショップに連れて行ってもらいました。
中国のロックについては全然詳しくないのですが、今回は勉強したくて、アジアの音楽に明るいツアーマネージャーのB氏に、いろいろ紹介してもらいました。

CDやカセットテープ、レコードをたくさん抱えてホテルに戻り、ネットで音源を探して、ジャケットを眺めながら聴いてみると、個性的な欧米のロックとは違う、濃厚で内省的な音がめちゃくちゃ刺激的でした!
特に、突き抜けたギターロックンロールバンド、カーシック・カーズの1stアルバム『Carsick Cars』、サイケデリックでシューゲイザーな竇唯(ドウ・エイ)の『幻聴』、純然たるノイズ、王凡(ワン・ファヌ)の『阿曼达拉振荡』などにしびれました。
そう! 竇唯さんは王菲(フェイ・ウォン)の元旦那さん。映画『恋する惑星』(1994年)で流れる『夢中人』が入ったカセットも買いましたよ。
そして今、夜も更けてきて、本のページをめくっています。
深沢七郎の『笛吹川』(講談社)。昔、ある人にいただいたけど、ずっと本棚に置いてあった小説です。

深沢七郎さんは大好きな作家で、処女作の『楢山節考』(新潮文庫)は、好きな小説を5冊挙げろと言われたら必ず入るような“心の一冊”です。でも、なぜか『笛吹川』は読んでいませんでした。
北関東の庶民の人たちの生活を、庶民の人たち自身の目で描いた小説です。
戦国時代の彼らは、学もなく、人生の可能性も限られています。そして特別な野望や夢も持たずに、自分たちの質素な生活を歩んでいきます。その素朴さがなんと美しいことでしょう。彼らの毎日にみなぎる純情を、深沢七郎はガッチリと捉え、描き出します。
時代の中で、お上からは搾取されているのですが、そんなことに気づいてもいません。もちろん政治的な意識も持っていません。しかし読み手は政治的問題点を突きつけられたような気持ちになります。戦争の無惨さ、それに振り回されることの悲しさが胸に迫ります。
深沢七郎は元ミュージシャンです。エルヴィス・プレスリーに憧れるギター弾きでした。処女作も、『日本劇場』の楽屋で待ち時間を使ってコツコツと書いたそうです。彼の諸作から、ぼくはいつも“ロック”を感じてしまうのです。
ああ、いろいろと考えていると、もうこんな時間になってしまいました。
そろそろ明日のステージに備えて、ベッドに入ろうと思います。
それでは、また!
ミュージシャン 曽我部 恵一
