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にわとり頭の陶器と出合った日。写真と文:浅見旬 (編集者、ライター) #2March 11, 2026

にわとり頭がついた蓋は、何を封じるつもりなのかさっぱりわからない。球体に近いまんまるとした陶器は、上部に5センチほどの穴が空いており、こんな不安定な陶器に入れられるものなどない。にわとり頭がついた蓋は、その上に被せる。子どもの図工にしてはよくできているが、大人の手習いにしては拙い。しかしそうしたものに出合う喜びこそが、自分が営む古物店『Goods』を買い付けへと向かわせている。これらを指して、アルベルト・ジャコメッティが暇つぶしでつくったのだとか、あるいはアンリ・マティスの習作だったんだと言いたい。ほらを吹く楽しみだ。
あるとき、パリを起点にヨーロッパの都市を巡り、買い付けに並行して美術作家の中山和也さんとともにアーティストブックの制作もした。このにわとり頭を見つけたのはその最中。パリから車で2時間ほど北東に進んだところにある都市、ランスでのこと。中山さんの作品は、古物の集まるマーケット会場やリサイクルショップにいる人々に、まるで家にいるように演じてもらい、その姿を撮影するというものだった。この作品は最終的に、『バナナジャムの瓶の蓋が開かなかったので、お母さんが別のバナナジャムに替えてくれて、お父さんに瓶の蓋を開けてもらって、みんなでクレープにバナナジャムをつけて食べました。』(well)という本にまとめられた。
にわとり頭のあった場所で撮影させてもらったご婦人は、「わたしもアートが大好き。趣味で絵を描いているのよ」と話しながら、気さくに撮影に応じてくれた。彼女が水彩で描くのは、花や飼っている猫、バイオリンの絵もあった。音楽も好きだと言うので、「僕はトロンボーンを吹くんだ」と返した。クラシックじゃなくて、ジャズだと話したら喜んでくれた。にわかに美術作家と画家、音楽家が並び立った。そのとき、自分のトロンボーンの腕前がドレミファも安定して出せない程度であることは黙っていた。子どもの習い事以下、友人からは象の鳴き声のようだと揶揄されていることは言わなかった。陶器の蓋は割れたが、にわとり頭は幸いにして壊れず、いまは本棚で横たわっている。

編集者、ライター 浅見 旬







































