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自宅にできた、鏡台の塔。写真と文:古賀及子 (エッセイスト) #1October 08, 2025

20年以上前、20代の頃は鏡台を持っていた。

鏡台というと、和室にあって正座で使うイメージか。私が持っていたのは、小さな丸椅子がついた座って使うものだったから、ドレッサーと呼ぶほうがしっくりくるかもしれない。こげ茶色に塗られたきれいな木製で、3段の引き出しがついている。鏡は三面鏡ではなく正面に一枚だけだったけれど、大きな鏡で顔がよく見えて使いやすかった。

実家の母は持っておらず、洗面台でお化粧をしていたのに、「大人というのは、鏡台を持つものだ」となぜか強固なイメージがあった。『サザエさん』ではフネさんもサザエさんも持っている。そういう、アニメとか、ドラマの印象からだろうか。10代の終わりから私が居候するかたちで同居した父方の祖母が使っており、そのせいかもしれない。

なにしろ、独立してすぐ、私は意気込んで鏡台を買った。お化粧にそれほど凝るほうではないのに。今思えば、自立の気持ちがそこにあったのかもしれないなと、すこし照れて思い出す。

その鏡台、20代の終わりに子どもが生まれるとほぼ同時にした引っ越しの際に、するっと手放してしまった。新しい家には、置く場所がなかった。一度使って、気が済んだところもあったのだと思う。幸い、自治体のリサイクルセンターが引き取ってくれ、クリーニングして販売してくれるというから、どなたかが使ってくれるならと、気持ちも楽だった。

それで結局、実家の母のように私も洗面台でお化粧をするようになったのだけど、ここ数年、様相が変わった。というのも、真夏のあいだ、洗面台がとにかく高温になるのだ。やむを得ず、クーラーの効いた居間に即席の鏡台を設置するようになった。

自宅にできた、鏡台の塔。写真と文:古賀 及子 (エッセイスト)

家族で使うちゃぶ台の上に、青汁の大きなボトルを置き、そこに、娘が中学校の技術科の授業で作った四角いラジオを乗せる。その上に開閉式の鏡を立てて、整腸剤の大きな瓶で固定する。こうすると、ちょうど座った時に、ぴったり顔の高さになる。

居間は洗面台よりもずっと陽の光が入って、顔がよく見える。ちゃんとした鏡台を使っていた頃があったなんて嘘みたいだけれど、これはこれで、力強く暮らしている感じがして、自分が頼もしい。


エッセイスト 古賀 及子

古賀及子
こが・ちかこ/1979年東京都生まれ。webメディアの編集者、ライターを経て現職。著書に日記エッセイ『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』(素粒社)、エッセイ集『巣鴨のお寿司屋で、帰れと言われたことがある』(幻冬舎)、『好きな食べ物が見つからない』(ポプラ社)などがある。2025年10月下旬に晶文社より、最新刊『私は私に私が日記をつけていることを秘密にしている』を刊行予定。

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