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梅、桃、桜。三つの春が同時にやってくる、福島・三春町。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #2September 09, 2025

梅、桃、桜。三つの春が同時にやってくる。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #2
一度はぜひ! の「三春滝桜」。足元の菜の花と背後にはソメイヨシノ。人出がまばらな日の出の時間帯の風景はまた圧巻の美しさ。

福島・三春町といえば、日本三大桜のひとつで国の天然記念物にも指定されている「三春滝桜」を思い浮かべる人が多いかもしれません。桜の季節には、国内だけではなく海外からの観光客もここ数年は増えてきました。滝桜がある場所までは町の中心部から車で15~20分ほど。樹齢1000年を超えると言われている滝桜が、満開になった姿は圧巻の美しさです。その足元には菜の花の黄色が絨毯のように花を咲かせ、甘い香りが漂う桃源郷のよう。

ぜひ一度は目にしてほしい風景ですが、三春にはほかにも桜の見どころがたくさんあり、言ってみれば町全体がふんわりと淡い桜色に包まれています。夢見心地とでもいうのか、言葉では言い尽くせないほど見事な景色なのです。

梅、桃、桜。三つの春が同時にやってくる。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #2
滝桜をはじめ、町内にはベニシダレザクラの木が多くある。

桜のつぼみが膨らみ始めると、木全体が赤みを帯びてきます。そうなってくると、もういてもたってもいられず、ソワソワと浮足立ってくるのは毎年のこと。春夏秋冬、どの季節にもそれぞれの良さはありますが、東北の長く厳しい寒さを超えて迎える春は、特別なもの。自分が歳を重ねるごとに、「春っていいな」と強く感じるようになった気がしています。

子どもの頃にはタンポポを摘んだり、シロツメクサで花かんむりを作ったり。春の草花と戯れてはいたものの、幼い時にはわからなかった感情が、この町で暮らすようになってじんわりと湧いてきたのです。

梅、桃、桜。三つの春が同時にやってくる。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #2
福寿草が花を咲かせる頃はまだまだ寒いけれど、それでも福も寿ぎも運ぶ春の知らせ。

桜は春を象徴する代表的なものであることに間違いないのですが、それよりもひと足早く、まだ霜柱が立つ冷たい土の間からは、黄金色の花を咲かせる福寿草や、淡い黄緑色をしたフキノトウが頭をのぞかせて。ウグイスが「ホーケキョ、ケキョケキョ」とたどたどしく練習をするように鳴き始めると、春がもうすぐやって来る合図。そこで気持ちが前のめりになってくると、それを制するような雪が不意打ちのように降ることも。

梅、桃、桜。三つの春が同時にやってくる。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #2
天ぷらにしようか、蕗味噌にしようか、食いしん坊の嬉しい悩み。

この時季に降る、水気をたっぷり含んだ雪には「春雪(はるゆき)」という呼び方があることも、ここでの暮らしの中で知りました。寒い寒いと言いながら、今か今かと春を待ち侘びているそのひとときも愛おしく。こんなにも自分が春という季節に恋焦がれていたのかと、ハッと気づかされるのもこの頃かもしれません。日々刻々と変化し続ける季節の移ろいの美しさ、足元の草花や木々からは溢れ出るほどの生命力。それらを間近に感じていると、人間はちっぽけで自然に抗うことなどはできなくて、ただただその流れの中に添わせてもらっているのだなぁと思うのです。

そうそう。「三春」の名前は梅、桃、桜の三つの春が同時にやってくることに由来しているそうです。桜だけではなく、梅や桃、そのほかの名もない野の草花や鳥に虫、といった生きものたちが冬の間に力を蓄えて、春の訪れを知らせにやって来るのです。

梅、桃、桜。三つの春が同時にやってくる。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #2
産直『はせがわ』で調達した、素朴だけれど豊かな夕餉(ゆうげ)。

edit:Sayuri Otobe


『in-kyo』店主、エッセイスト 長谷川 ちえ

長谷川ちえ
はせがわ・ちえ/1969年千葉県生まれ。2007年に東京・蔵前のアノニマ・スタジオの一角で、生活道具の店『in-kyo』をオープン。その後同じ台東区の駒形に移転し、2016年に福島県三春町へ移住。10年目を迎える。

instagram.com/miharuno.inkyo

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