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やっと辿り着いた、東京・根津の古書店『古書ほうろう』。写真と文:ササキアイ (文筆家) #3June 17, 2025
独身時代に暮らしていたアパートの近所に、お気に入りの古書店があった。
ある夜たまたま、谷中・不忍通りを自転車で通りかかり、「こんなに遅い時間まで営業している店があるのか?」と興味本意で、ドアを開けた。

その店は、私の地元にあった古本屋のどこよりも清潔で広々としていた。東京藝術大学が近い土地柄もあってか、画集や写真集、映画や音楽関連など、個性的な品揃えの本が多かったと記憶している。店内には民族楽器のような心地よい音楽が流れていて、時々店内を会場にしたライブも開催しているようだった。
初めて来たのにずっとここにいたいと思うほど、そこは私にとって居心地のよい空間だった。

それから私はたびたび店を訪れるようになり、週末の夜には遊びに来た恋人と連れ立って長いこと店内の本を物色した。そして、結婚を機にこの町から引っ越すまでの数年間、私たちはここで何冊も本を買い、何冊かの本を買い取ってもらった。
ネット通販でなんでも買えるのが当たり前の今とは違い、当時は本を買うには書店で探す以外なかった。
その店の本棚を眺めていると、自分の好奇心がどんどん枝分かれしていくような感覚に没頭でき、ワクワクしたのを覚えている。
夜に行くことが多かったため、その店のことを思い出す時はいつも、暗くなった不忍通りに優しい光を放つ店の佇まいが鮮明に頭に浮かぶのだった。しかしあれほど気に入って通っていたのに、どうしても店の名前が思い出せずにいた。

数年前、偶然読んだ『BRUTUS』の特集で、もうなくなってしまったと思っていたその店に、歌人の穂村弘さんが訪れている記事を見つけた。品揃えや移転の経緯から、きっとあの古書店だとすぐにピンときた。そして、その記事で初めて店名が『古書ほうろう』だということを知った。
千駄木から移転して今も根津で営業を続けていることがわかり、懐かしさに急かされるように、その週末に訪ねてみた。
店の面積は当時よりやや小さくなっていたが、店内に漂う雰囲気は私がよく知るあの頃のままだった。

私はその後、『古書ほうろう』にまつわる思い出と、この時の再訪のことを、著書である『花火と残響』(hayaoki books)の中で書かせてもらった。
後日、店主の宮地健太郎さん夫妻から、それぞれ心温まる感想をいただいて本当に嬉しかった。宮地さんから届いたDMには夜に撮影したであろう旧店舗の外観写真が添えてあり、見た瞬間に懐かしさで胸がいっぱいになった。
そうだった。この優しい灯りに吸い寄せられるように、私はあの夜はじめてドアを開けたのだった。
私が近所に住んでいた頃にはまだ店頭に置く看板がなかったそうで、「ああ、だから店名の記憶がないのか」と、約四半世紀ごしの答え合わせができた気がした。

文筆家 ササキアイ
