音楽家・青葉市子×写真家・小林光大が紡ぐ、旅と日々の記憶。Choe「東雲色の追懐」 | Column | & Premium (アンド プレミアム)

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August 22, 2020 音楽家・青葉市子×写真家・小林光大が紡ぐ、旅と日々の記憶。Choe「東雲色の追懐」

クラシックギターを片手に国内外を旅する音楽家の青葉市子さん。各地でインスピレーションを汲み上げながら、日々、言葉と音楽を紡いでいます。その旅に同行し風景を切り取っているのが、写真家の小林光大さん。日々の生活に戻っても、互いの存在と作品は呼応し合い、ときには小林さんの写真を通して青葉さんが創作することも。

この連載では、旅と日常とまたぎながら2人が生み出したものを「Choe」と名付け、青葉さんのエッセイと音楽、小林さんの写真を交えながらお届けします。

前回に引き続き、車は長野の道を走り続けます。

 

東雲色の追懐

 
 
 

6月
夜だった。
蛙や虫たちが、暗闇に星を撒くように鳴いていた。時折、道の傍に群れがいる。窓を開けて車を停めると、さわさわと草をわけたり、枝を踏む音が聞こえてくる。しばらくして、アイフォンのライトを暗闇に向けると、いくつもの目の玉が森の中に光っていた。人間の道路に、動物が現れるのではなくて、もともとここは動物の道なのだ。

 
 

   

 
 
 

霧ヶ峰を目指して、ゆっくりと車を走らせていると、狐の子どもが2匹やってきて、まるでわたしたちを案内するかのように、逃げることもなく前を走っていく。しっぽの先の白い毛を揺らしながら、4本の足を順番に、前へ、前へ。立ち止まって道の端で何かを食べた。 何度かこちらを振り返り、茂みへと消えて行った。

 
 
 

空が焼けている。
焼けているのは空だけではない。立ち込める霧が東雲色のヴェールを広げて、大地ごと発光していた。静かにその中へ入っていくと、視界は狭くなり、近いものがよりはっきりと浮き上がってくる。蜘蛛の巣が朝露を纏ってきらきらしていた。細い糸の上で、小さな朝露の粒が少しずつ膨らんで、隣り合っていたふた粒がひとつになった。輝きに眩んだ目を閉じれば、遠くの鳥の声が、まるで隣で鳴いているように聴こえてくる。ひゅーい、ひゅーい、きょっきょ、きょけきょ。ぴぴぴぴ。

風が山のてっぺんから降りて来て、大きなヴェールは次の場所へと移動して行った。

 
 
 

ヤマツツジは、朝が終わった後も、ずっと朝焼けの色のままで咲いていた。朝焼けの空からもらった歌を歌い続けるように。集まって咲いている様子は、合唱しているようにも見えた。

冷えた身体を、温泉であたためた。
燕の巣からふくふくとした子どもたちが顔を出している。今にも飛び立つ支度をしている。
綿毛は丘の牧場を撫でて空へ昇っていく。ツバメも綿毛も、遠くへ飛んでいく。わたしたちはどこまで飛べるだろうか。

 
 
 

トンネルに出逢った。

 
 

   

 
 

白樺の森で、ゾウムシとしばらく戯れていた。小林さんと、今回ご一緒してくださった写真家の平松さんと、私の、3人の手のひらを行ったり来たりするゾウムシ。

長い間触れていると、触れているのか触れられているのか、どちらがどちらなのかが曖昧になる瞬間がある。そうしていつの間にか私たちは入れ替わって、誰かはゾウムシになったままかもしれないし、あの時ゾウムシだった誰かは、私たちに満遍なく振り分けられ、私と呼んでいる正体の中に、きっと今でも潜んでいる。行ったことのない場所で、懐かしさを感じたりすることがあるのは、私という中に潜んでいる、誰かが懐かしんでいるからなのかもしれない。

 

 

music & text:Ichiko Aoba photo:Kodai Kobayashi