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極私的・偏愛映画論『ヤンヤン 夏の思い出』選・文 / 杉田明彦(漆工) / September 27, 2019

This Month Themeつくりのいいものに出合える。

不器用な大人や背伸びする少年少女を丁寧に紡いでいく。

 仕事場で作業をしているとたまに7歳の次男が椅子を持ってきて横で見ていたりする。こういうとき、あまりに当たり前のように座っているのでそのためらいの無さにドキリとさせられることがある。

 私も祖父の庭仕事を見るのが好きであった。私が物を作った最初の記憶は祖父と木っ端で作った小舟。大工仕事が好きで、戦争から戻り最初に建てた家は友人たちと自分で建てたそうだ。家は幼い時には建て替えられてしまっていたが、今でも実家には祖父の作った庭と藤棚が残っている。そこで覚えているのは、はじめて触れる鋸と金槌への興奮と浮かべた時の喜び、戦場で薬指を欠損したがっちりとした祖父の手。

 『ヤンヤン 夏の想い出』(原題 A One and a Two)は叔父の結婚式から始まり祖母の葬式で終わるある家族の群像劇。不器用な大人たちや大人になろうと背伸びする少年少女たちを丁寧に紡いでいく。

 8歳のヤンヤンは主人公というよりどちらかというと無垢な観察者の様で、その視線は引きのフィックスショットのそれと重なる。私は列車の窓越しに美しい場面の繋がりを眺めている気持になる。東京での父NJと元恋人、台北の姉と彼氏とのモンタージュの愛おしさ。

 劇中、ヤンヤンが観察者を離れるきっかけが2つある。1つは甥っ子が生まれて自らの過去を意識した事。もう1つは小うるさい風紀委員の女の子に恋をしていることに気づき、そこに未来を見る。人生を始めるにはヤンヤンは(我々も)列車を降りて、自ら(再び)漕ぎ出さなければならない。

 今回見直してふと当たり前の事に気づく。僕は祖父を見ていたと思っていたが祖父からも見られていたのだと。彼はおそらく幼き日の自分の姿を重ね、そして今私は、ためらいの無い目を見つめながら初めて祖父に未来の自分の姿を重ねている。いつの時代も誤解や後悔を繰り返しながら、思いや視線の交差した場所に『いいもの』が生まれるのだろう。そしてそこに一艘の小舟があったことを私はとても幸福に思う。

illustration : Yu Nagaba
2000年公開、楊徳昌(エドワード・ヤン)の遺作となった作品。楊徳昌は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)と並び1980年代から1990年代にかけて起こった台湾ニューシネマの代表的な監督。83年の長編デビュー以降、『恐怖分子』(‘86)、『牯嶺街少年殺人事件』(’91)、『カップルズ』(’96)など、7本の長編作品を残した。次回作にジャッキー・チェン製作総指揮のアニメ作品の企画が控えていたが、今作の完成後に闘病生活に入り、7年後の2007年ビバリーヒルズの自宅にて死去。享年59歳。
Title
『ヤンヤン 夏の想い出』
Director
楊徳昌(エドワード・ヤン)
Screenwriter
楊徳昌
Year
2000年
Running Time
173分

漆工 杉田 明彦

1978年東京都生まれ。手打蕎麦店での修業の後、2007年に塗師赤木明登氏に師事。その後独立し、石川県・金沢で漆器やオブジェを中心に制作。器のフォルム、漆の色使いにこだわったモダンな佇まいの漆器は、腕利きの料理人からの支持も高い。

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