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私が見つけた、私の仕事。 陶芸家・鈴木茜さんの、自分だけの働き方。June 13, 2025

静かな森に囲まれた自宅の工房で、陶芸を。

私が見つけた、私の仕事。 陶芸家・鈴木茜さんの、自分だけの働き方。
居住スペースと分かれていて、コンパクトで制作に集中しやすいというアトリエでは、一日のうち8時間ほどを過ごす。窓から見える、緑豊かな景色が気に入っている。

「以前、理想の働き方は?と聞かれたときに『森の中で陶芸をしていたい』と答えたことがあるんです。そのときは無意識だったけれど、今思えば、本当はずっと憧れていたのかもしれません」

そう語るのは、美容師を経て、現在は陶芸家として活動する鈴木茜さん。かつて「カリスマ美容師」がブームだった頃、都内の美容専門学校へ進学したことが、キャリアのはじまりだった。

「服や美容が好きだったし、髪型を作る、ということが純粋に楽しかったんです。当時はそれが一生の仕事になればいいなと思っていました」

その後30歳でワーキングホリデーを利用してロンドンへ。現地の美容室で働きながら、英語も仕事も現場で学んでいった。休暇には近隣のヨーロッパ各国を旅し、日常そのものが刺激的な時間だったと振り返る。

「今しかできないからと思い切って挑戦したことで、立ち止まって、自分と向き合うきっかけもできました」

帰国後は同じサロンに戻ったが、以前から憧れを抱いていた陶芸をやりたい、という気持ちが芽生えた。

「栃木が地元なので昔から益子の陶芸市に行くのが日常で、作り手の話を聞く機会も多かった。海外旅行に行くたびに蚤の市などで器を集めていましたし、インテリア雑誌で見た素敵な器を”自分で作れたらいいな”と思っていたんです。それで陶芸教室に通い始めたら、どんどん夢中になっていきました」

私が見つけた、私の仕事。 陶芸家・鈴木茜さんの、自分だけの働き方。
成形から素焼き、施釉、本焼きまで、すべてをアトリエで行う。主に花器や湯呑み、お香立てなどを制作。いずれはギャラリーを作るのが夢。

教室では飽き足らず、陶芸窯を購入し、自宅でも作陶を始めた矢先、知人を通して、独自のスタイルを確立する陶芸家・野口寛斉のアシスタントに誘われる。

「すぐにやります!と返事をして、週に2度、美容師の休日にお手伝いをしました。土づくりや釉薬がけなど作業は主に外で、夏は汗だく、冬は手がかじかむ肉体労働。陶芸家のイメージも変わりました。最初の2年、自分の作陶作業は釉薬の実験がほとんどで、ろくろは家でひたすら練習。最後の1年、独立を見据えて作風を固めるため、美容師を辞める決意をしました」

資料を読み漁り、実験を繰り返し辿り着いたのは、丸みのある柔らかなフォルムに、渋く落ち着いた瑠璃色の釉薬。削りの仕上げをあえて手作業にすることで、歪みがありながらも、手になじむ形に。師匠の影響は受けつつ、鈴木さんらしいモダンな雰囲気が固まった。

「ひとりで作品と向き合っていると、”これでいいのかな”と不安になるときもあります。でも、実験して、失敗して、また試して。たとえば深い青を出したいときに、釉薬に少しだけ炭を混ぜてみたり。そうして絶妙な色が出ると、すごく嬉しいんです」

初めての展示は、美容師時代に知り合ったお客さんが運営するギャラリーで開催された。

「美容師をやってよかったと思います。人とのコミュニケーションが大好き、というよりは”素敵な髪型を作りたい”という想いのほうが強い美容師でしたが、”自分の手で形を生み出す”という意味では、今やっている陶芸も、根底は似ているのかもしれません」

独立して1年。現在は栃木の那須に拠点を移し、周囲を森に囲まれた自宅の1階にアトリエを構えた。朝はゆっくり過ごし、集中したらろくろを回し、気分が切り替わったら釉薬をかける。

「自由な生活リズムがとても心地よくて。最近まだお世話が必要な幼い保護猫をもう一匹迎え入れたのですが、それも、この仕事に変えたからこそできたこと」

今後は陶芸と並行し、敷地内の余った場所で、畑や庭づくりにも取り組み、ゆるやかな自給自足を目指す。

「モデルはいませんが、白髪の女性が畑仕事をしてろくろを回している。そんな未来が来たらいいですね」

鈴木 茜Akane Suzuki

美容師を経て、陶芸家・野口寛斉に師事後、2024年に独立。なめらかなフォルムと深い瑠璃色のコントラストが目を引く器を制作している。9月6~14日に京都・岡崎にある家具店『TORINOKI FURNITURE KYOTO』にて個展を開催予定。

instagram.com/akanesuzuki_

photo : Isao Hashinoki(nomadica) text : Shoko Matsumoto

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