LIFESTYLE ベターライフな暮らしのこと。
私が見つけた、私の仕事。農家兼会社員・森野日菜子さんの、自分だけの働き方。June 15, 2025
東京から山梨へ移住、農家兼会社員に。

大学在学中にアメリカ・オレゴン州に留学した森野日菜子さん。教育を学ぶつもりだったが、現地の豊かな自然と人々の環境意識の高さにすっかり魅了されてしまった。以降、地域や環境のことに関心が向くようになり、持続可能な社会を目指すNPOでインターンや記事のライティングを経験。
「人と共有したり応援したり、したいことを自分なりに伝える手段があることを知り、やりたい仕事のイメージができてきたのはその頃です」
大学卒業後にウェブコンテンツ制作の会社に就職するも、「勉強になって面白かったのですが、デスクワークだったので現場に出たくなり、1年弱で退職。ライターとして活動したくて」フリーランスになった。
「でも会社勤めのように先輩の指導で成長させてもらえるわけでもなく、願うような依頼は来ない。がむしゃらにやったけれど、今思うとまだ若すぎました」
折しもコロナ禍に突入し時間ができたため、〈鴨志田農園〉の野菜栽培基礎講座に参加。1年かけて堆肥や野菜づくりの技術を学び、制作会社に再就職した。
「生産者さんを回って、加工品を作って商品化して催事で販売するようなプロジェクトをやっていました」
もともと食べることが好きだった森野さんはここで食×伝えるという、やりたい仕事の輪郭が明確になった。やりがいを感じ1年半ほど頑張ったが、激務で疲労が溜まってきた頃、農園の講座で知り合った友人が山梨県北杜市に移住して堆肥づくりと農業を始めたと聞き、遊びに行った。その友人の雅樹さんが後に夫に、そして北杜市が彼と農業を営んで暮らす場になった。
「夫に対する恋心もあるんですけれど、山の綺麗さに心を摑まれちゃって(笑)」

そして2022年、移住とともに結婚。運よく新たな職も見つかった。自産自消(自分で作って自分で食べる)の社会を標榜している企業だ。最初は夫の農業を手伝いながらのアパート住まい。でも仕分けや保管のため、畑以外の土地と蔵が必要になる。
「そこで、早いうちにローンを組んでしまって土地を買って、家を建てよう、ということになりました」
方々を探し、やっと見つけたのが今の場所。南アルプスの稜線が見渡せ、風が気持ちよく通り、自宅と堆肥舎と畑を造っても余りある広さだ。自家の堆肥から野菜を育てる〈soilship〉と名づけ、農家として二人で本格スタート。現在、畑の作業は主に夫があたり、自身は会社で農業にまつわる仕事をする傍ら種まきや収穫、出荷などに従事。昨年から娘の育児も加わった。
「会社の仕事はフルリモート。私のような暮らし方を推奨しているからフレキシブルに働けてありがたい限りです。今の育休中の身からすると改めて仕事モードの自分も恋しいし、子どもとの時間をたくさん持ちたくもある。田舎暮らしは忙しいから、毎日やりたいことが山ほどあって、体がひとつでは足りないくらい」
農業は天候など不可抗力の要素が多く、思い通りに事が運ばないことも少なくない。だが行き詰まっても森野さんには別の仕事が、元料理人の夫には料理の腕がある。農作業もしたいし、地域とのつながりを持てる仕事もやりたい。どちらも続けながら自分の暮らしをつくっていければ。学生の頃、食卓をつくる仕事がしたいとぼんやり思っていたが、気づいたら今、限りなくそれに近い生業になっている。
「自分の役割は何か、どうすればみんなが楽しくなるかと考えているうちに、職種で悩まなくなってきました。畑のなかで料理教室や食事会のイベントをやっているのですが、その風景を見ていると、ああ、私、こういうことがしたかったんだなあって嬉しくなります」
森野日菜子Hinako Morino
2社での企業勤めとフリーランスのライターを経験。26歳にして、故郷の東京を離れ、山梨県北杜市に移住。現在は主に飲食店へ卸す野菜を作る〈soilship〉を夫とともに営みながら、フルリモートで会社員としても働く日々。0歳の娘の子育て中でもある。
photo : Hinano Kimoto text : Mick Nomura