BOOK 本と言葉。
知見を広げてくれる、“聴く読書”の世界。文筆家・塩谷 舞さんの本棚と、読書の時間の見つけ方。September 02, 2025
本とともにある暮らしを訪ねた、&Premium142号(2025年10月号)「あの人の読書の時間と、本棚」より、文筆家・塩谷 舞さんの本棚と、読書の時間の見つけ方を特別に紹介します。
"ながら読書"ができる、オーディオブックの可能性。
本や電子書籍とは異なる、耳で聴いて楽しむオーディオブックの存在。家事や食事、身支度をしながらでも”読書”ができる利点がある。日々、雑事に追われている「時間のない」現代人にとって、読書時間の救世主になり得るかもしれない。文筆家の塩谷舞さんは、オーディオブックを取り入れたことによって、”本を読む”という行為に、新たな扉が開いたという。
「コロナ禍に体調が優れず、家の中で安静に過ごす時間の退屈さに悶々としていました。そんな状況をオーディオブックの集まった〈Audible〉が豊かにしてくれたんです。横になった状態で本を読むのが苦手な私にとって、耳で聴く読書は、とても身軽で、快適で。その後、妊娠して、活字がつらかったつわりの時期にも、日常の支えになりました。本を捲る読書は、自分で材料を買ってきて料理を楽しむ感覚に近いけれど、オーディオブックは、誰かが心を込めて作ってくれた料理を味わう喜びに似ている気がします」
〈Audible〉体験の初期段階で、作品のナレーションに対する気づきがあった。
「ナレーションと作品の相性は、聴く上でとても重要なポイントになります。私は、”味の濃すぎる”音読が苦手で。そうした作品は、耳馴染みがせず、挫折したこともあります。それでも諦めずに自分にハマるものを探すことができたら、思いがけず、”聴く本”の世界に没入できる。私の場合、それが紫式部の『源氏物語』でした」
塩谷さんが選んだ瀬戸内寂聴訳は、三田佳子さんが語り、中村橋之助さんが光源氏、沢口靖子さんが紫の上、寺島しのぶさんが浮舟を演じるなど、豪華な役者陣がナレーションを担当している。その演じ分けや語り口は実に見事だ。
「読み聞かせをしてくれる人がすぐそばにいる感覚があり、のめり込みました。『源氏物語』は数十年間にわたる男女の人間ドラマが描かれた長編恋愛小説。光源氏が理想の女性像を追い求めて、多くの女性と恋愛を重ねていくプレイボーイぶりに苛つきを覚えますが(笑)、毎夜、寝不足になってしまうほどに妙な中毒性があり、随分とハマってしまいました。全体を通して音声としての立体感があるのも魅力的で。光源氏が弾いている琴の音色の再現性の高さも聴きどころです。やっぱり”いいものはいい”と再確認できた作品。〈Audible〉のおかげで大河ドラマ『光る君へ』を観る楽しさは10倍になりました」


”いいもの”に辿り着ければ、活字で読むのとは異なる次元の読書体験が待っている。
「豊かな体験ができたことで、主体的に作品を探す意識が芽生えました。ちなみに私が小説を読むときは、登場人物のセリフを自分の想像した声で脳内再生するスタイル。それもあって、現代小説を〈Audible〉で聴くのは、あまり肌に合わなくて。今回紹介した夏目漱石の『三四郎』のような明治期の近代文学は、古風な言葉遣いで、現代と一線を画した俯瞰的な視点を味わえるのが魅力。ふだん、恋愛ドラマはあまり観ませんが、古典的な恋愛文学は結構好きなジャンルで当時の時代感や歴史を知る面白さがある。ラジオドラマのような感覚で聴けて、学びながら楽しめます」
〈Audible〉は、今話題の本を聴ける良さもある。
「どうしても考えが偏りがちなので、あえて自分と異なる視点を持つ新書を選ぶこともあります。そうすると、自分の考えの輪郭がより明確になり、書くエネルギーが湧いてくる。そんな活用の仕方もありだと思います」


塩谷 舞歌人
1988年大阪府生まれ。note「視点」を更新中。著書『ここじゃない世界に行きたかった』『小さな声の向こうに』(ともに文藝春秋)は〈Audible〉で体験できる。
photo : Koji Honda text : Seika Yajima